俺禁煙するから、と松田が萩原に言われたのは、いつものように煙草でも吸うかと誘いかけた時のことだった。
「はぁ? 何だよ、急に。あれか、モテねぇからか」
「何、陣平ちゃんてばスッゴイ。さては俺の心が読めんな?」
心が読める、も何も、萩原の行動原理は大体女絡みだというだけのことだ。最近煙草吸っててもモテねぇんだよ、と萩原はぼやくように言った。
「昔は、こう、吸ってるところがカッコイイって評判よかったんだけど、今じゃあ煙草は臭いし、煙たいし、身体にも悪いしって、全然不評。私の前では吸わないでってカノジョに言われちまったこともあるし」
「そういや、ンなことぼやいてたな」
松田は出した煙草を指でくるりと回した。萩原と違って、格好付けて吸っているというつもりではない。ただ、一服した方が頭も冴えるような気がするし(多分それは錯覚なのだろうが)、気も紛れる気がするからだ。
彼が当初どういうつもりで喫煙の習慣を持つに至ったのかは知らないが、気付けば隣で吸っていたし、そういうものだと松田も思い込んでいた。
「ま、スッキリ辞めてやろうかねって」
「辞めれんのかよ」
「もう3日吸ってない。煙草もライターも捨てちったよ」
(コイツ中毒にならねぇのな)
若干ではあるが、松田はニコチン中毒のケがなくはない。身体に悪いと知りつつも抜けられないようになってきている。萩原はそういう中毒性にあまり浸りきらないのかも知れないと思った。どんなに女と付き合っても、恋愛中毒にはならないような。
松田はじっと萩原の方を見た。
「俺の煙草が吸えねぇってのか」
「パワハラ上司の酒の席みてぇなこと言うなよ」
「ならひとりで吸ってくるわ」
諦めて松田が言うと、あ、俺も行く、と萩原は明るく言った。
「辞めたんじゃねぇのかよ」
「いいだろ、喫煙所で休憩できんのは喫煙者の特権ってわけじゃねぇじゃん」
俺煙平気だし、と萩原は笑う。それで禁煙の意味があるのかよくわからないなと思いながら連れ立って屋上に出た。
「あー、いい空気」
「今から吸うっつってんだろ」
「どーぞ」
煙草の先端にライターで火を灯す。最初に煙を吸った時には不味いと思ったような気もするが、そんなことはとうに忘れてしまった。青空の下で、いい空気とやらを吸っているだけの親友に松田が煙を吹きかけてやると、慣れているはずの煙に萩原はゲホゲホと咳をした。
「こら、人に掛けんなよな」
「お前マジで煙ダメんなったのか?」
「そういうわけじゃねぇよ。上から掛けられたら誰だってこうなる。目にも染みるし」
それが落ち着くと「美味い?」と萩原は尋ねた。
「変わんねぇよ、いつもと」
「そっか。なぁ俺にも1本くれよ」
「何でだよ。お前禁煙してんじゃなかったのか?」
「そうなんだけどさぁ、人が美味そうに吸ってんの横で見てっとなぁ」
松田が箱から頭を出してやると、萩原は嬉々としてそれを抜き取った。それを咥えて、火くれ、と煙草の先端を燃えている松田の先端にくっつけた。
「こういうのやってるとカッケーって聞くけど、昼にやってもダメだな。映えねぇ」
「カッコイイか?」
「さぁ? あー、久々の一服はいいな、やっぱ!」
よし陣平ちゃんの隣にいるときは吸っていいことにしよう、と萩原は言った。
「好きにしろよ」