Faithful

 テンプロ・マヨール――メヒコシティにあるのが汎人類史のそれと同一のものであるとは正確には言わないのだろうが、少なくともトラロックがそう呼んでいるその神殿の地下牢に囚われていたかつての仲間と対面してきたデイビットが自分の部屋に戻ると、遅かったな、とすでに部屋にいたテスカトリポカは手を振った。

「明日は儀式をするんだろう? こんなところにいていいのか」
「何、業務連絡さ。悪いな、オマエのお友達も生贄にすることにして。ヤツだけでも逃がしてやりたいかも知れんが――」
「いやいい。おまえのやることにオレは口を挟まない。カドックがそれで死んだとしても、計画に支障がなければ構わないし、別に逃がしたいなんてことも思っていない。まぁ、オレなら儀式なんてせずに何人かは出会った時に亡き者にするだろうとは思うが」
「ソイツは手柄を奪っちまって悪かったな。だがイスカリがもうやる気なんでね、今更止めてやるのも可哀想だ」

 デイビットはイスカリの顔を思い出しながら、そうかと頷く。

「オレとしては、あの船を手に入れて使いたいと思ったが――ありゃ今は違うが、改造すれば宇宙船代わりになると思わんかね」
「どうだろうな。悪いがオレにはそういう手は浮かばない。専門外だ。そういうことがやれるとしたら、おまえが今捕まえている顔ぶれや、船を維持しているサーヴァントの協力が必要になるんじゃないか?」
「小さい方のノアか。まぁ、こっちの方は実際オレは知らんが」
「だが、宇宙船を造ってどうするんだ?」
「宇宙船がありゃ、地球を出て旅行でも出来るだろう」
「そういうことがしたかったのか」
「ま、一つの保険として考えてみたというだけだ。星が新生されなければね。ともするとエスケープ・ポッドが要るかも知れないだろう」

 デイビットは首を傾げた。
 テスカトリポカは特に発言の説明をすることもなく、いつものようにタバコを吸い、白煙を吐き出して笑った。

「いずれにせよカルデアは奪還に来るだろうな」
「来るか? 神殿は謂わばこのメヒコシティの心臓部だ。オレたちの本拠地。大本命だ。そんな場所に、のこのことやってくるって?」
「ああ、必ず来る。予測するまでもない。彼らなら必ず来るだろう。見捨てるようなことはしない。どの道、捕まえている4人がいなければ向こうは詰むからな。シオン・エルトナム・ソカリスや――」
「技術顧問だの何だののお嬢ちゃんたちか」
「ああ、ラスプーチンが殺したレオナルド・ダ・ヴィンチを継承しているサーヴァントのことか。まぁ、彼女は……」

 デイビットは首を横に振った。あちらのサーヴァントの出自であるとか、行く末であるとか、そういうことを自分が考えることに意味はない。
 レオナルド・ダ・ヴィンチーー万能の人は、異星の神そしてクリプターにとって危険であるが故に真っ先に排除された。そして、そうするべきだったことは、幼い姿となったそのサーヴァントが物語っている。ただそれだけだ。

「彼女は――万能を継承しているからな」
「万能ね。人の身で可能な範疇だな」
「全能神より便利かも知れないが?」
「オマエはいつも全能神を便利グッズのように言うもんじゃない、デイビット」

 テスカトリポカはベッドに座り、膝を組んだ。

「何度も言っているが」
「そうか、憶えてなくて悪い」
「そりゃ別にいいが。しかしオレは全能神だぞ? 確かにココでは権能には制限が多いが、オレの領域では本当に何でも出来るんだよ」
「ミクトランパのことか?」
「ああそうだ。オマエが望むなら空から星が降るし、幾重に虹だって掛けられるし、晴天に雪さえ降る。そんなチャチな気象現象だけじゃない。映画館も水族館も遊園地も用意できる。映画だって見放題だ」
「そうなのか。やっぱりすごいな、テスカトリポカ」

 デイビットが素直に言うと、テスカトリポカは満足そうに瞳を細めた。オマエもこっちに来いと手招きするので、デイビットもソファに腰掛ける。ひんやりとした風がデイビットの首元を抜けていった。

「いつか来るのを楽しみにしておけ。オマエが来るのがいつになるのかは知らんが」
「そうだな。その時が来たら楽しむよ」
「ああ、そうしろ。そうだ、明日カルデアが儀式場まで来たら、ヤツらにもアレを見せてやるつもりだ。オマエも準備しておけよ?」
「ミクトランの滅亡か?」
「そうだ。ここぞという時にはやってやろうと思っていたんでね。オレが合図をしたらオマエは令呪を使え。オレも供物を捧げる。ヤツら全員、滅亡に巻き込んでやろう」
「死なないのか?」
「死ぬだろうな。普通の人間であれば、滅亡を体感すればそこで肉体は死に、死んだと認識すれば、もう二度と元には戻らない。デイビット、ヤツらはそれで死ぬと思うか?」
「いや、死なないと思う」
「だろうな。ま、どちらでもいいだろう。儀式が成功すりゃいい。イスカリも喜ぶ」

 儀式の成否それ自体はそもそもテスカトリポカの計画においてもう重要ではない、ということはデイビットも理解している。つまり、生贄に選ばれた4名をデイビットが殺したとして、そのことでテスカトリポカの計画が狂うことはないが、不興は買うだろう。それでさえ必要なことであればやむを得ないと思うが、デイビットの方でも、彼らの存在は自分の計画にとって致命的な障害になるとは考えていない。どのような妨害があろうと、冥界行を行い、ORTの元に辿り着き自分の胸に埋められた神の心臓を使い、ORTに指令(オーダー)を与えてしまえば、それで終わりだ。その後は、テスカトリポカの視せた未来のとおり、ミクトランがORTに蹂躙されて終わり、カルデアもORTに対抗することが出来ずに終わる。それだけ。
 囚われている4人がどうなろうとそれを完遂できるとデイビットは考えたので、無用な反感は買わない。

(カルデアは神殿の最上部に辿り着いてカドック達を奪還するだろうな)

 実際にはそう思ったのだが、忠告してやる必要もないだろうと思った。いや、テスカトリポカもその可能性は十分知っているし、その上で、イスカリとカルデアとを争わせることを選んだ。いつものように、試練を与えてそれを横で見ているつもりなのだろう。ならばやはりデイビットに言うべきことはない。
 イスカリと――それからトラロックが、儀式の成功を願っている。何かの為に。何か、自分たちにとっては譲れない願いの為に。

「そういえば、トラロックにさっき会ったが、珍しくオレに女王の話が聞きたいと言ってきたんだが――」
「女王? エジプトのニトクリスのことか?」
「ああ。おまえは彼女のことは知っていただろう? 何故オレに聞いたんだ?」
「ソイツはオレが聞きたいが。汎人類史についてはクリプターに聞くのが妥当だと思ったんじゃないか? ま、オレに聞いたところで教えてやりはするが、不勉強を叱っただろう。王の心得をイスカリに教えていたオマエが王を知らないとは情けない、とね」

 テスカトリポカの叱るは多分、眉間にまた穴を空けることだったんだじゃないか、とデイビットは思った。特に珍しい光景ではないが、珍しくなくなっていて良い光景でもないだろう。
 あまりトラロックを撃ってやるなよ、射撃の訓練なら付き合ってやるから、と一応デイビットも思い出したように言ってはいる。

「歴史上、王なんて幾らでもいるんだから、知らない名前があっても不思議じゃないんじゃないか。まぁ、アーサー王を知らないと言われれば、オレも驚くが」
「普通の王ならばそうだろうが、エジプトの王ってのは、神を名乗る、神と同一視されている存在だ。オマエもラムセス2世のことは知っているだろう。つまりこちらとは近い。であれば、あの女王もただ国を戴いた王というだけじゃないのさ。ホルスの化身だろう? それは『トラロック神』としては知っておかねばならないことだ」
「真面目だな」
「ああそうだ。オレは真面目に神をやっている。そうだったろう、デイビット?」
「まぁ、そうだな」
「オマエも自分の成すべきことをやっている。お互い、真面目にな。オレたちはずっと真面目にやってるのさ」
「そうかもな」

 その言葉をカルデアが聞いたらどう思うだろうか、とデイビットは少し思った。

「さて、オレはまだ仕込みが残っているからもう行くが、オマエは早く休んでおけ」
「今日はここで寝ないのか?」
「終われば戻る。オマエは先に寝ていろ。冥界行が近いんだ、ちゃんと身体を休めておけよ」
「……真面目に?」
「ま、そういうことだ」

 口元を緩めてテスカトリポカは言った。

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カルデアと遭遇して以降の単なる小噺。ニトちゃんのことクリプターに聞きましたって言ってるテノチどんな感じだったのかな~みたいな。
テデはどっちも何やかやで真面目にやってるよなって印象がありますね。
万全の状態で冥界行させてやりたいって言ってるテスカトリポカ良いなって思う。

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