サーヴァント・サマー・フェスティバル――通称サバフェスは、カルデアの夏の恒例行事である、訳ではない。とりあえず夏になるとサーヴァント全体が浮かれて、水着霊基という一般マスターにはよく分からない霊基へと変貌、変質したり、しなかったりするらしく、それは恒例のことであるらしい。が、サバフェスは主に同人誌の即売会を行う祭りを指す名称であり、それは毎夏開催されている訳ではないようである。
カルデア内のデータベースでカドックが得た知識はそのようなものであって、理解の範疇を越えているので、なるほどそういうことなんだな、とざっくりと記録を見て考えるのをやめた。異聞帯において自らのサーヴァントであったアナスタシアとは別の霊基だが、アナスタシアもまた水着霊基を得て夏を楽しんでいるらしいと知れたのは、冷たい冬にいたかつての少女のことを思えば良かったことなのかも知れない、とは思う。たとえ彼女が「ガッデム・ホット!」とか言っていても。
カドックが今年、多くのサーヴァントが待望の(多分)サバフェスが開催される特異点に向かったのは、向こうでの激闘の最終盤の頃であったらしい。何分マスターである藤丸が書類仕事をようやく終えて常夏へと向かった所謂ところの休暇扱いであるので、特別な状況チェックをカルデアでは行っておらず、通常のバイタルチェックなどが行われているのみで、特異点がどのような混乱に陥っていたのか分かっていなかったのである。
「まぁ、夏だからね。大丈夫じゃないかな」
とは技術顧問の言であり、その他カルデアスタッフも皆同じ意見のようであった。夏だから。大丈夫。いつものことだろう。
カドックとて人間、正しくただの人であり(これは多少の自虐を含む発言である)、休暇中、バカンスで職場からの電話もLINEも一切受け取りたくないという気持ちはよく分かる。ワーカホリックなどではない。ただ。
(大丈夫なんだよな、アイツ)
ほんの少しそういう心配が頭を擡げたという程度である。
カドックは勿論知っている。藤丸立香という人間がどういう人であるのかを。彼女が人類最後のマスターとして何を成し遂げてきたのかを。或いは、今、何を成さんとしているのかを。自分などよりも相当な危険を潜り抜けてきた、修羅の道を歩んできた人だ。自分が心配するのは烏滸がましいことだと。カルデアのスタッフだってそんな彼女を信頼している。
だが自分は、と。
仲間と呼ぶには過ぎたことを彼らにしてしまっている。自分たちの、いや、自分の罪はいつか清算されるべきだろうと思う。友と言うほどに長く過ごした間柄ではない。ただ――。
この世に一人くらい、こんな瞬間でも心配する人間がいたっていいんじゃないかと思った。そしてそれを、言い訳だろうな、と思う。きっと自分は、行ったことのない常夏の楽園と呼ばれるハワイに行ってみたいだけなんだな、とカドックは胸の裡をそう分析して、所長に「特異点の様子を見に行きたい」と言ったところ、あっさりと許可が降りた。本来レイシフトは気軽にできるものではない、すべきことではないはずなのだが、夏は例外なんだろうと割り切った、とカドックに話した。
「スタッフへの土産はマカダミアナッツで十分だ」
と、言われてカドックは常夏の楽園――に足を踏み入れることとなったのだが。
そこは単なるハワイではなく、ハワイとオーストラリアが融合したハワトリアになっていたのだ――。
「頭痛が痛くなりそうだ」
島の状況を遭遇した幾人かのサーヴァントに聞いたカドックが、思わずトンチキな発言を独り言ちてみると、清楚な白いワンピースを着た白髪の少女がささっと現れて、「あらそれは重言かしら? 疲れているの?」と後ろで笑った。
彼女は自分の知る彼女ではないので、何となく彼女に慣れないままでいるカドックが返答に迷うと、「マスターなら企業ブースの方に行ったわよ」とアナスタシアは教えてくれた。
「私も同人誌作りに力を貸したの。あなたも後で買っていってね?」
「は? 同人誌?」
サバフェスは同人誌即売会である。そのような最低限の知識は有して来たが、よもや、あのアナスタシアが同人誌作りに関与しているなどとは夢にも思っていなかったカドックである。
(同人誌――自費出版本ってヤツだよな? どういう経緯で参加しているんだ?)
あなたに会うなら1冊貰っておけば良かったわ、とアナスタシアは笑って、冬の雪のように消えて行ってしまった。悪戯好きで、傍にいるはずなのにどことなく神出鬼没。そういう人だった、とカドックは思い出して、その感傷を持ちつつ暫く青い空を眺めて――企業ブースって何だ、と改めて首を傾げたのである。
サバフェス特異点の記録を詳細に確認しておけば良かったと思いつつ、とりあえず、会場と言われている場所へと向かい、何人かのカルデアで知り合ったサーヴァントから情報を得て、物凄く混雑している企業ブースに辿り着いたのは、カドックがハワトリアにレイシフトして2時間ほど経ってからだった。
マスター藤丸立香がいた場所は、死屍累々とした人間が行列を成す死の企業ブース。流通しているお金が足りないからと人を襲い出す無法地帯である。
「いや無法過ぎるだろ!」
「襲っているのではなく、借りているだけだとヤツらは言い張っている。ま、オレには預かり知らんことだが」
「アンタが暴力行為をやらせてるわけじゃないのか――サーヴァント・テスカトリポカ」
「いや。オレはここでビジネスをしているだけだ。ブツの流通ビジネスをね」
「ブツの……流通……ビジネス……」
やたらと整った貌、金色の長髪、時折奥の瞳を覗かせないように輝くカラーグラス。加えて真夏に黒いコートなどを着ている長身の男が放つ威圧感は相当なものだった。正直、そこに立っているだけで暴力関係の輩にしか見えない。マフィア。ジャパニーズヤクザそのものである。
日本の夏祭りにはこういった『輩』が出店を出すとは藤丸から聞いたことがあるが、彼らが売り出すブツというのは、武器か、薬物か、そういえばこの男はカドックの知人のデイビットと組んで異聞帯では武器商人などと名乗っていたじゃないか――つまり――と、カドックが目の前の男に生贄として殺されそうだったという物騒なことを思い出しながらブースの机上を見ると、精巧なフィギュアやらのグッズが置かれているだけだったので、逆に驚いた。
「いい出来だろう」
「な、中にクスリでも入っているのか?」
「入っていない。人気の出ているフィギュアを売るのにわざわざ別に売れる商品を仕込む理由はないだろう。なぁ、デイビット?」
「そうだな」
「いやアンタもいるのかよ!」
「ああ、夏祭りぶりだな、カドック」
声のした方へとカドックが視線を向けると、ブースの端の方に、カドックの知るデイビットに似つかわしいとはまるで思えないアロハシャツを着たデイビット・ゼム・ヴォイドがパイプ椅子に座っていた。
そして、カドックが探していた藤丸立香もそこにはいた。
「って、何で藤丸がそこにいるんだ!」
「疲れて気を失ったようだからここで休ませていたんだ。もしかすると、彼女を探しに来たのか?」
「もしかしなくともそういうことだろう。ならばちょうどいい。ホテルに持ち帰ってやれ、少年」
「……ッ、僕ももう少年って歳じゃないつもりなんだが」
「ほう? だがデイビットより年若いだろう、オマエ?」
「基準がそこなのか」
「悪いな、カドック。神からすると、大概はそんな程度なんだ。悪気はない」
つまりデイビットも神の前では少年扱いになるのだろうか、と余計な考えをカドックは振り払い、デイビットの膝の上で魘されているマスターの顔を見た。
「彼女は疲れているだけだと思う。さっきもそこで戦闘になったしな」
「戦闘? さっきの、暴徒みたいなのとか?」
「いや。テスカトリポカの雇った警備員たちと」
「いや何でおまえたちが藤丸と争うんだよ!」
「まぁ、どうも色々とあったらしい。オレは焼きもろこしを買いに出ていたからよく知らないんだが」
「アンタも本当に何やってるんだ? しかもそんなアロハシャツとか着るようなヤツじゃ……いや、割とノリがいいから着るのか……?」
「ああ、これか? これはテスカトリポカが用意してくれた夏用の礼装なんだ。カルデアで見たのを参考にして作ったらしい。カドックも着るか?」
「結構だ!」
デイビットはオレンジ色のアロハシャツに白い膝までのパンツ、そして胸には何だか見覚えのある、というかさっきテスカトリポカの顔にあるのを見た、同じサングラスがシャツに刺さっている。
大体何で藤丸がデイビットの膝を枕にしてパイプ椅子の上で寝ているんだ、と何となくカドックはモヤモヤとした。
(藤丸はコイツのこと、気に入ってたっぽいし)
また会いたい、と言っていた。焚火の傍で会いたい、と。
焚火って何のことなんだろうか。そこのブースに何故か焚火のミニチュアが置いてあることと、何か関係があるんだろうか。カドックは売り場を見ながら、眉間に皺を寄せて考える。
「少年、早くお嬢を回収していけと言っているだろう」
「アンタが言うのか、それを。いいんじゃないか、別に……ソイツも、そこの方が」
「いいワケなかろう。オマエはお嬢が好きなんだろうが。早く告白するなり何なりして、まぁそんな面倒なことなどしなくとも、ホテルに連れ込めばどうにでもなる。こういうのは早さがモノを言う世界だ」
「なななッ、何言い出すんだ、いきなりアンタ!」
「? 恋のアドバイスというヤツだろう。年長者からの、いや、神からのありがたい助言だ。素直に受け取れ」
テスカトリポカは人間の感情を理解する、が、人間ではない為、人間と同じような結論には至らない。もっと平等で、それから手っ取り早くて、合理的で、突き詰めた考えをする――故に、結局あんまり人間らしい感情はない。
という感じのことをデイビットは自分のサーヴァントについて語っている。
つか今の会話デイビットに聞かれてないよな、と慌てて後方を見たが、デイビットはいつもどおり無感情そうな瞳で人混みを眺めているだけだった。
「だとしても、アンタには関係のないことだろう。アンタがデイビットのサーヴァントだからって、僕はもうクリプターとしてここにいるわけじゃ」
「関係があるに決まっている。でなければオレも口を挟まん。デイビットはオレの恋人だ。お嬢だから特別にと思ってはいるが、いつまでもその膝を貸し出してやるのも困るから回収してもらいたい。それだけのことだ」
「は、ハァ?」
カドックはもう一度後方を振り返り無感情そうにどこかを見ているデイビットの姿を見た。かつてのカルデアにいた頃、そしてクリプターとして顔を合わせていた頃とまるで変わらない顔つきをしている。
「こ……恋、人?」
アイツが? あの男が? デイビットが?
自分のサーヴァントの? 全能神の?
「恋……人……」
異聞帯の牢獄で対峙した男が。得体の知れないバケモノを差し向けて死にかねない目に遭わせてくれた男が。ORTを起動させた男が。地球を破壊しようと企んでいた男が。その地球破壊を一緒に企てた相棒の神と。
「騙した……んじゃなく? いや、正直、デイビットがそういうことになるとは僕には到底思えない」
「国際ロマンス詐欺を疑うのなら直接聞けばいいだろう。デイビット!」
「うん? 話は終わったのか? オレは聞かない方が良さそうだと思って静観していたんだが」
デイビットが、このグラサンの男の恋人?
そう思ってもう一度彼を見ると、デイビットの胸元にあるサングラスが、背後にある何だか威圧感のある神のポスターが、何故だかカドックの目を引いた。
「あ……アンタがそこの男と付き合っているってのは」
「ああ。今は恋人という関係になるらしい」
「……あっさり認めるんだな」
「別に隠す必要もないだろう。知られると何か不都合でもあるのか?」
「いや……」
神だからそもそも性別不問なのかも知れないな、とか、いやそもそもデイビットにそんなことを気にする感覚はなさそうだな、とか。
とにかくデイビットは、自分の交際を隠したいと思うようなことがないらしい。むしろ、自分の方が何となく気恥ずかしい気持ちになっているがそれはおかしい、とカドックは思った。いや別に、確かに、隠さないといけないことでも何でもない。その相手が見目麗しい女性だとしても、或いは相当マフィアっぽく見える男であったとしても、デイビットの反応は多分変わらないだけだ。
「アンタでも、誰かを好きになるってことがあるんだな」
「自分でも意外だと思っている」
そのことはやはり意外だと思ったが、その相手に関しては、何となく納得がいくような気が、カドックはした。
デイビットは天才だ。本人は、そういう賞賛はヴォーダイムの方が似合うだろう、とでも言うが、あらゆる意味での天才なのだと思わされていた。いつでも感情の見えない瞳で、感情などないもののようにして、それでも仲間を気遣うことが出来るのは――優しさだ、とカドックは掛け値なく思う訳ではなかったが。感情もないのに相手を思いやれる。それは天賦のものであって、それは自分たちの手の届く範囲にはいないような気がしていた。だから、神なのか、と。
翻ってその天才の男の恋人を名乗るサングラスの男を見ると、こちらもやはり、さほど感情的な表情を浮かべていることはなかった。
「だから早くお嬢をホテルに連れ込んでしまえとオレは忠告してやっている。お嬢の倍率を知らんワケではないだろう、コレはチャンスだ」
「アンタ本当に手っ取り早いこと言うよな!」
「ああ、カドックは……。そろそろ膝が痺れてきた頃だし、オレに代わって藤丸の面倒を見てやってくれないか?」
「おまえも空気を読まなくていい! それにそんなことしたら起きるだろ!」
「これだけ騒いで起きないんだから、オレが動いても平気だと思うが?」
「勢いに乗れんお子様だな。そんなことでは、あの皇女とは魔力供給の一つもしていないんじゃないか?」
「彼女のことは関係ないだろう! 大体、そういう接触は必要ないんだっていつも言われてるだろうが! 僕と彼女はそういう関係じゃなかった!」
「やはりしていないのか。よもや気持ちを通じ合わせなければそんなことはできないと? 純情だな、かつてマスターであった戦士の少年よ。だがそんなことでは機を逃すぞ。本当に必要かそうでないかの話ではない。要は口実だ。やれる時にやっておけ、次は後悔する前にな」
「……ッ!」
「テスカトリポカ、つまり、ミクトランでのあれはそういうことだったのか?」
「デイビット、あまり深く物事を考える必要はない。それとも、今ここで口を塞いだ方がいいのか?」
「いやおまえらORTの裏側で何やってたんだよ!」
テスカトリポカとデイビットは顔を見合わせてから、揃って首を横に振った。
「オレたちは至って真面目にオレたちの戦争をやっていただけだ。なぁ、デイビット」
「ああ、そうだな。真剣に地球をORTに食らわせることを考えていただけだ」
言ってることは完全にテロリスト、いやそれ以上で最悪なのに、キスとかしてたのかコイツら――?
一瞬考えてカドックは考えるのを、やめた。
「そもそも前提が間違っているんだ。別に、僕は、ソイツのことなんて……」
「何だこれがツンデレというヤツか? 男のツンデレは受けんぞ」
「デイビット、アンタのサーヴァントだろ、何とかしてくれないか」
「それは違う。今のテスカトリポカはオレのサーヴァントではない。知っているだろう、テスカトリポカはカルデアに召喚されているんだから、マスターは彼女だ」
「え、でも、じゃあ、アンタはどうなってるんだ?」
「オレはミクトランパの住人。テスカトリポカの領域にいるだけの存在だ。主と従の関係で言うなら最早逆転している。テスカトリポカがオレのサーヴァントなんじゃない。オレがテスカトリポカのモノなんだ」
「えっ……じゃあ、アンタは、身も心もその男のモノなのか……?」
それを聞いたデイビットは目を丸くした。カドックは、今僕は何か変なこと言ったな? と気付いた。
「そのとおりだ。なぁ、デイビット」
テスカトリポカは座っているデイビットの肩に手をやって、所謂ところの彼氏面みたいな顔をした。変なことを自分が言った所為だとカドックはまた頭痛を痛めた。
デイビットは背後の恋人の顔をちらりと見ると、やんわりと表情を緩めた。その些細な表情の変化すら自分たちは知らないのだ、とカドックは思った。ペペロンチーノが見たらどう思うだろうか。キリシュタリアなら仲間の幸せを祝福でもするんだろうか。
「……そう考えると、アンタも、負けず劣らず人気なんだな」
「? どこをどう読めばそういう感想に至るのかオレには分からないが。それがおまえの所感か?」
「どこって……アンタは藤丸にも、ペペロンチーノにも、そこのサーヴァントにも愛されていたんだろう」
デイビットは首を傾げたので、ほら、とその辺にあったホワイトボードにデイビットの名前と、知り得る交友関係をマジックで記入して見せた。
「藤丸→好き、テスカトリポカ→恋人、ペペロンチーノ→好き、キリシュタリア→信頼、オフェリア→キリシュタリアが信用しているので信用、芥→無、ベリル→不明(多分うるさく言わないで調子を合わせてくれるから楽な相手だくらいには思ってるんじゃないか?)」
「実態を表しているのかよく分からないが、そこにはカドックの名前がないな」
「はぁ、僕……?」
デイビットの紫色の瞳が、じっとカドックのことを見た。再度、カドックは考える。デイビットとは、どういう相手であったのか。
(仲間……とは思ってないよな、クリプター同士じゃ。競争相手だ。僕なんてデイビットは歯牙にもかけない程度だっただろうが。カルデアにいた頃は、まぁ、そういう向きもあっただろうが、デイビットは何でも出来る男で、僕は、……キリシュタリアもデイビットも、何となく苦手で……)
ペペロンチーノは得体の知れない人の風にも見えて、勝手に少し安堵していた。今思えば無礼千万だろう。それさえも彼の手の内であるのかも知れない。
ベリルは――もっと、親しみやすい男なんじゃないか、と思っていた。今は認識を少し改めている。マシュへの感情が異様であったことは、置いておける観点ではないし、だが、自分にとっての相手という意味では変わらないはずでもある。
キリシュタリアは完璧な君主だと思った。弱者へ、施しのようなことすらも出来るような。オフェリアが夢中になるのさえも分かる。けれど本当は完璧な人なんていなくて。
デイビットは――デイビット・ゼム・ヴォイドは――。
「……まぁ、これからは、親しくできたら、くらいには……」
「そうか」
カドックの拙い言葉にデイビットは微笑んだ。微笑んだのだ、あの無表情の塊(何だろうそれは)のような男が。驚いていると、隣の彼氏面した彼氏が、「何だ、もしやデイビットが笑うのを初めて見たのか? 意外とコイツは笑うぞ」と、マウントを取ってきた。
「デイビットは自分に向いた感情には疎い。誰かに恋されるという自覚がないんだよ、コイツは」
「オレは他人と心を通じ合わせることは不可能だ。そんな相手に、するか?」
「の、一点張りだ」
「はぁ……まぁ別に何でもいいけどな。で、何でアンタらはココで行列を作ってたんだ」
「言っただろう、ビジネスだ。これだけの騒ぎになるんだ、多くの金が動くだろう。そこで、オレたちは殺しに来たというワケだ――財布を」
テスカトリポカがサングラスを持ち上げるとレンズが光った。
(いちいち物騒な言い方するな、この男)
「って、藤丸のフィギュアまで売って……!」
「ああ、いい出来だろう、ソイツは」
「プライバシーの侵害じゃないのか!」
「プライバシー? 何だ、21世紀のポリシーとかいうのは、オレにはよく分からんが」
「すっとぼけるな! 現代にも詳しいんだろう、アンタは! オイ、デイビット!」
「ああ、顔の造形はオレが担当したんだが、どうだ? よく出来ているだろう?」
「アンタが作ってるのかよ!」
「フィギュアの出来を左右するのは顔だ。髪や手、服なんてのは塗りでも誤魔化しが効くが、こればっかりは出来ん。そこで、デイビットに通信教育で造形技術を学ばせて、顔だけ作り込ませたというワケだ。後は量産品並だが、どうだ、顔を整えると格好が付いて元の数倍の価格で売れる一品になっているだろう」
確かにフィギュアをカドックがよく見ると、顔立ちは藤丸立香そのものを写し取ったかのようだが、反面、礼装は皺も殆ど作り込まれておらずのっぺりとしているし、脚も凹凸が殆どない。
(いや、何をまじまじと見ているんだ僕は)
「いるか? いるだろうな。デイビットのお友達だから、特別に行列を飛ばしてやってもいいし、オトモダチ価格で2割引くらいにはしてやろう」
「3万の2割引だから2万4千アルポンドだな」
「アンタも売る気でいるのか……アルポンドって何だ?」
「アルポンドはここでの通貨だ。事後承諾にはなったが、藤丸には許可を取ったとテスカトリポカも言っていたから問題ない」
「大アリだよ。僕は来たばかりだから、アルポンド? とかいうのは持ってないし。それにしても、何だか他にもよく分からないフィギュアやグッズがたくさん……あれっ、奥にあるのは、アンタのフィギュアじゃないか?」
「ん? ああ、コレは、非売品なんだ」
「非売品?」
デイビットの姿で隠れていたが、後ろにある荷物置き場のような机の上に、デイビットのフィギュアと、テスカトリポカのフィギュアもセットになっていた。
「試作品としてテスカトリポカが用意した物なんだ。こういうふうに藤丸のフィギュアを作るという話をしていて。これも売るのかと聞いたら、これは売り物ではないと言っていたから、オレが貰い受けたんだ」
ニコニコと(ただしそういう顔をしている訳ではない)デイビットが語るので、触れない方がいい惚気の類だなこれ、とカドックはすぐに理解した。あのデイビットでも、そういうことがあるんだな、と思いながら。
「アルポンドが足りんのなら、いいビジネスを紹介してやる。臓器売買に興味はあるか?」
「あああ、あるワケないだろ!」
「焼き鳥屋の店番のことだ、カドック」
「臓器売買が? 嘘だろ?」
「人手が足りていないから、さっきも誘ったんだが、断られてな。やはり未成年を働かせようってのが良くなかったかね」
「そうだな、未成年者を働かせるのは善くない」
「いや、アンタのその醸し出す物騒な雰囲気が問題なんじゃないのか?」
「アァ? オレに意見か? 最新のファッションセンスだ、理解のない子供だな」
「ッ!」
「それはオレも思う」
「お、思うのか……」
「オイ、デイビット」
「街を歩いただけでも誤解されかねないとよく言っているだろう。オレは見慣れているからいいと思うとも言った。銃を下ろせ」
「……そうだったな。オマエにとってはこの姿が世界で一番格好良いんだったな、デイビット」
「ああ、概ねそれで合ってる。問題ない」
テスカトリポカが銃を下ろしたので、カドックは少しホッとした。まさかいきなり撃ってこないだろうとは思ったが、実際にムニエルが撃たれていることは知っているので、肝が冷えない訳でもない。だが、それなりに死にかねない目に遭って度胸が付いてきたと言えるだろう。
それにしてもまた惚気か、とカドックは眉間に皺を寄せた。友人(多分)の惚気を見ているのは、何だかむず痒い気持ちになる。
「まぁだが、そろそろ潮時なんじゃないか、テスカトリポカ」
「そうだな。滅亡の時は近い。そろそろ撤収するとしよう」
「め、滅亡? 何だって? アンタたち、やっぱりまた何か……!」
「いや、オレたちは何もしていない。そうか、カドックはリセットを経験していないんだな。ここでは定期的に滅亡と再生を繰り返しているんだ。まぁ滅亡と言っても、全部が元に戻るだけだが――、何だかアステカ世界のようでもあるな、と思っているよ」
「雑然とした感じで一緒くたにするなよ。どういうことなんだ?」
「もうすぐマシュが迎えに来る。藤丸もホテルに連れて行ってやってくれないか、カドック」
「いや、だから、何なんだ」
「オレも首魁ではないから詳しくはないんだ。ほぼ所感になる。第3の災害ヤメルンノスが動き出してサバフェスが崩壊し再び世界が1日目にリセットされる――それを、直前でテスカトリポカが弄っておまえをここに迎え入れただけなんだ。オレの魔力を使って。無茶な動きをしたから、オレの魔力は今枯渇している。長くもたなくて悪い。それに、今日のことも、あまり憶えては……。外にいるとオレはどうしてもあっちの干渉を受けるからな――でも、会えて良かったよ、カドック」
デイビットが穏やかな表情で言うので、思わずカドックはそれに見入ってしまった。
「前回は言いそびれたが、おまえが生きていてくれて良かったよ。まぁ、オレに言われても、とは思うだろうが」
「……っ、いや、分かってる。アンタは別にオレを殺したいなんて一度も思ったことはないんだろうな。ただ、必要があれば誰であれ――」
「そういうことだ。うん。まぁ、色々あったが、おまえだけでも、生きてノウム・カルデアの力になってやってほしい」
「アンタは」
「オレはもう死んでるから」
急に言われてカドックは言葉を失くした。目の前で穏やかな表情をしているデイビットがもう死んでいるのだと急に言われても、分からない。
「おまえも話は聞いているだろう? オレはもうORTに呑まれて死んでいる。テスカトリポカの領域は『死者の国』。オレはそこにいる死人だ」
でも目の前にいるじゃないか、と思う。もう会うことの出来ないオフェリア、キリシュタリア、ペペロンチーノ、ベリルとは違うんじゃないか、と。
(デイビット――)
「そういやデイビット、オマエの観たがっていた映画の配信が始まったぞ。帰ったら観るか」
「そうか、それは楽しみだ。早く帰ろう、テスカトリポカ」
「いやアンタ本当に死んでるんだよな?」
「帰るぞ、オレたちの楽園に」
「またな、カドック」
「やっぱりまたがあるのか!」
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気分が乗ってたのでサバフェスで一つ書くか~~ってCPをぐちゃぐちゃで書いた、し、話のメインはカドックくんとデイビットくんだし。
この後DAY1に戻ってそっと消えたカドックくんであった。
デイビットくんにはこれからもテスカトリポカと一緒にイベント楽しんでほしいね!
おまけ(恋人になったテデ)
カ「それにしても、神の恋人……か? 大変そうだな」
デ「そうだな。オレとテスカトリポカが恋人になった時には――」
テ『さて恋人になったとは言え、オレは神だ。公正な神として恋人同士であろうとも平等に武器を与えてきた。例外はない。即ち』
デ『ああ、理解している。もしもオレとおまえが道を違えた時は互いに武器を持ち戦おうテスカトリポカ――』
デ「という誓いをしたくらいだ」
カ「参考までに聞くけどな、神の領域とやらにいるアンタとその神が戦う時って、一体どういう時なんだ?」
デ「……? ……まぁ、具体的な例は特にないが」
カ(何か……真面目なカップルだな……)