「花が咲いてる」
それはミクトランパでのフィールドワーク――或いは単なる山歩き――の折に見掛けた場所だった。
森を抜けた先に、色とりどりの花が咲き誇っている。
こんな場所まで生じているのか、とテスカトリポカは花畑を見ながら考えた。ここはミクトランパにある山中、或いは森林の中、林野、何だかそういう感じの、デイビットが好きそうなフィールドワークに良い場所を適当に生成した場だ。地上にあるものをそれっぽく模しているが、トレースと言えるほどにはちゃんと同じものを作っていない。テスカトリポカが特に信仰されていた時代、アステカ文明の在った中南米付近を中心に、テスカトリポカが何となく知っている場所が融合されて出来上がっている。
しかし、このような花畑にはテスカトリポカも見覚えはなかった。知らない場所だ。
「ランダム生成ダンジョンみたいなものだからな。まぁ、こういう場所もあるだろう。空気もいいし、休憩には向いた場所じゃないか、デイビット」
「休憩か。さっきサンドイッチも食べたし、特に疲れてはいないが」
「まぁいいだろ。滅多にはない光景なんだからな、これは」
「規則性がないから?」
「ランダムだ」
植生は頓着していない。生物は――そういえばさほど配置しなかったな、次は配置しておくか、とテスカトリポカは考えたが、ともあれ、生えている木も花も草も、キノコなんかも、毒性や危険性がなければ無頓着に配置されている。ここにも、タンポポだとか、パンジーだとか、チューリップだとか、それだけでなく棘が鋭く光る薔薇の花すらも配置されていた。マリーゴールド、コスモス、シャムロック……。
「五つ葉だ」
しゃがんだデイビットは、シロツメクサからすっと一本を指差した。
「何だ、そういうのを探すのがオマエでも好きなのか?」
「目に入ったから言っただけだ」
「しかし五つ葉か。四つ葉が縁起がいいって話じゃないのか?」
「幸福のしるしだな」
「ソイツは?」
「オレには四つ葉は見付けられないと思う。五つ葉は不幸を呼ぶと言われるし」
デイビットはいつもの無感情そうな顔で立ち上がった。そのまま、咲き誇っている鮮やかな花をただじっと見つめている。
「オレもさほどそういうのを見付けられるタチでもないがね」
戯れに咲いている白い花を使って冠を作って被せてやると、デイビットは実に胡乱な顔をした。いつもの、おまえが何を考えているのか分からない、と言いたそうな瞳でテスカトリポカをじっと見る。
「似合ってるぞ、デイビット」
「何がだ、何が」
「可愛い」
デイビットは眉間に皺を寄せた。
「おまえから見れば人間なんて皆そんなものなんだろうが」
「そんなことはない。見込みのある人間の方が好ましいし、手を貸してやりたくもなる」
「オレがそうならそれはいいが……」
デイビットは冠を外して、じっとそれを見た。
「お友達と花を摘んだ記憶は? パパと冠を作って遊んだ記憶は?」
「――ない。あると思うのか?」
テスカトリポカはぼんやりと、この男には、例えばかぼちゃのランタンを作り仮装してトリックオアトリートと言った経験も、例えば七面鳥を食べてもみの木の下のプレゼントを寝ずに待った経験はないのだろう、と思った。人間たちが好んでやる行事を楽しむような記憶を持っていない。
それを、可哀想だとか言ってやるのが正しいことであるのかは分からない。デイビットはいつだって現状に不満があると言うことはないし、絶えず自分を憐れむ傍ら、自分の境遇に嘆き、悲観するようなこともない。本人に言わせれば多分それは、そういう感情こそがないから、なのかも知れないが。
デイビットは手に持っていた花冠を見て「四つ葉だ」と呟いた。
「ほら、ここにある」
「ソイツは縁起がいいじゃないか、デイビット。幸運のしるしはここに在りってことだ」
「そうかもな」
デイビットは微かに口元を緩めて笑った。
「でも花冠を被せるというのはどうなんだ」
「何だ、死者の日になればドクロだってマリーゴールドで飾るものだぞ」
「そういう風習があるのはオレも知っているが」
「オマエたちの馴染みはかぼちゃのランタンだな。それも知っている。ま、それでもいい。あっちもこっちも似たことをやっているだけだ。重要なのは死を思うこと、ただそれだけだからな」
「それは、神が言うと説得力があるな」
それがやっぱり可哀想だと言ってやるべきことであるのかどうか、神には分からない。デイビットにとって何が重要なことであるのか――人間性を肯定してやるのがいいのか、それともそのままでも何も問題ないと言ってやるのがいいのか。
「そろそろ行こう、テスカトリポカ。四つ葉は――置いていこう」
「まぁ待て、デイビット。こうしてやれば……」
テスカトリポカはデイビットが花畑の上に置いた冠を取り上げて、そこにあった四つ葉を小さな指輪にして見せた。
「持ち帰って栞にでもすればいいだろう」
「今ここで乾燥させてしまわないのか?」
「何だ、情緒がないと言われそうだからこうしてやったってのに」
テスカトリポカが小さな指輪をデイビットの小指に嵌めてやると、これでも十分違和感があるが、と手を翳すように見て呟いた。
「おまえが何を考えているのか、いつもよく分からないな」
「喜びそうなことをしてやっているつもりだがね」
「どういう基準で?」
「人間の基準さ。ここでも時期が来たらハロウィンパーティーでもやるか、デイビット」
「……いいんじゃないか。かぼちゃならくりぬくよ」
それから冬が来たらクリスマスパーティーをして、或いは夏が来たら海で泳いで。
そういうことをここで積み重ねていくことが、デイビットに与えられるべき大切な休息なのだろう、とテスカトリポカは思う。そしてそれを隣で見守ってやれるのは自分だけだ、ということだ。
さしあたってはデイビットもここでちゃんと時期を、季節なんかを感じられるように、まずこの統一感のない、季節感のない花畑を何とかした方が良いか――、とテスカトリポカは考えて、一面をシロツメクサの白い花で統一してやった。
一瞬で変わる景色にデイビットは目をぱちぱちと瞬きして、「情緒と言うか」と呟く。
「こういうことをするから人間味がないんだ」
「オマエでもそう思うか」
「でも、綺麗だな。いいと思う」
「そうか。なら手品は成功だ」
頭を撫でてやると、デイビットは小さく笑った。
まったりしたふわふわした私の趣味でしかない話です。好きに書いた。
或いはハロウィンパーティーの前哨戦かも。
前回日記書いた時違法デイビットの話知らなかったんですけど(ヒプアニはまだ2話までしか見てないので)、そんなおもしろい話あったなら早く知りたかった。早く見たい。違法デイビット……まるでいつものデイビットくんは合法みたい……(合法かと言われると大分アレ)。