Hallowe’en Party

 ハロウィンは、メキシコで行われている死者の日とは違うし、ケルトの文化を源流に、現代では万聖節との関わりすらどれほど人々が意識しているのかは分からない行事ではあるが、テスカトリポカが言うように、『死を思う』ということやそれに対して敬意を持つということは重要な意味を持つものであるとデイビットは理解した。
 その為、デイビットがミクトランパに来てそれなりに経過し、地表の時間に合わせれば(相変わらず地表が白紙の状態であるにしても時間の進行はどこにでも必ず存在するとテスカトリポカは言う)それはハロウィンの日に当たるので、今日は以前に約束したようにハロウィンパーティーをすると言われて、デイビットは頷いた。未だに実感として外での時間の経過があるということを意識はしないのだが、少なくとも、ここでは多くの時間が経過し、デイビットはテスカトリポカとの多くの思い出を得ている。
 その一環として、また死んだ人への弔いの意味をも込めて、デイビットはハロウィンパーティーに向けて、黙々とカボチャを繰り抜き、そして顔を作る仕事を行っているのである。

 デイビットは顔が作られたカボチャと、大量に排出されたその中身を見て、今日のメニューを考えた。これだけあれば、パンプキンパイを作ってもたっぷり余るし、シチューやスープにしてみてもいいのかも知れない。むしろしばらくはこのカボチャを冷蔵庫に保管して食べる必要があるだろう――テスカトリポカが聞けば、カボチャはもう飽きたと棄てられる可能性もあるのでちゃんと考えておかなければ、と考える。いっそ、スターバックスのようにパンプキンスパイスラテでも作ってみようか。

「ようデイビット、随分と作ったな」
「ああ、おかえり、テスカトリポカ」
I’m home.ただいま と、言うことでもないがね」

 テスカトリポカがするりと霧の中から出てきたので、デイビットはそのように言ったが、テスカトリポカ神はミクトランパには遍在している為、彼が不在にしているということは原理上はない。ただ少々、意識的に彼がカルデアの方を視ていた間、何となく一時的に不在っぽくなっていたというだけである。

 カルデアではハロウィンをいつも盛大に祝って――いる訳ではないのだと藤丸は言うが、彼らが城で過ごしたり、また城で過ごしたり、何だか分からないが、やはり城などの特異点で過ごしていることが非常に多いのだということを、カルデアにいるアサシンのテスカトリポカからの情報で、デイビットも知っている。
 ところが何でも今年はハロウィンを開催する城ではなく、戦争――というほどの人員の規模ではない為、精々が戦線と呼ぶくらいだとテスカトリポカも言った――をする城で、攻城戦をやっているらしいのだ。思えば、聖杯戦争という呼び名も割と仰々しいがあれに至っては殆ど個人戦だな、とデイビットは考えたが、そういう特異点なり何なりも存在するらしい。トラオムでも似たようなことをやったらしいとか、大体デイビットにあるのはテスカトリポカから聞いた知識だけだが。

 その戦線に、戦争が好きなテスカトリポカも乗り気で、ちょっと向こうの様子を見てくるとするか、と軽いノリで出掛けていった。いや、本体は依然ミクトランパに在るので、別に出掛けた訳ではないのだが、意識の同調をアサシン側にしてこちらの意識をやや薄めるというような感じのことをテスカトリポカはたまにやっている。今日もそうしていたのだ。向こうで大捕り物がある時なんかは特に喜んで興味をアサシン側に向けているらしい。
 彼の意識が完全にこちら側になくてもそれほど困らないので、デイビットは特に何とも思っていない。例えば一緒に映画を観ている時に意識がちゃんとこちらに向いていなければ感想を言う甲斐がないと思うだろうが、テスカトリポカもちょっと向こうに意識を置くという時はそう言っておいてくれるので、短時間の外出と似たようなものだと考えている。

 つまり、家に帰ってきたかのように言うのは正確ではないが、そんな風にデイビットは捉えているということである。
 テスカトリポカはテーブルにずらりと並んだカボチャを見て笑った。

「よく出来てるな。コレがオレで、こっちはハチドリ、イスカリも作ってやっていたか。ま、青まで作ってやる義理はないがな。来年はコイツのはいい」
「藤丸もいる」
「ああ。コイツはよく似てやがるな。写真でも撮って見せてやるか。喜ぶぞ。しかし相変わらず器用だな、デイビット。フルーツカービングの動画を見たんだったか?」
「うん。カボチャのコツとは違うだろうが、参考になった」
「だが、これでは足りていないな」

 テスカトリポカは自分の顔のカボチャを人差し指の背でコンコンと叩いた。サングラスがないから、とかだろうかとデイビットがテスカトリポカの顔を見ると、彼は手元に顔の付いたカボチャを取り出して、テスカトリポカのカボチャの横にぽんと置いた。

「この顔つきは、オレか?」
「そうだ。オマエが足りないだろう。何故作らなかった?」
「自分の顔を彫るのもな、と思っただけだ」

 デイビットは軽く肩を竦めた。テスカトリポカのカボチャにはサングラスが足りないな、と少し笑って言うと、テスカトリポカはすぐに自分のと同じサングラスを自分のカボチャの上に乗せてやっていた。
 それからテスカトリポカはいつものようにデイビットの肩を抱いて、2人でソファに腰を下ろした。

「向こうはどうだった?」
「ま、変わらずというところだな。後はアサシンの霊基に任せる。パーティーをやると言ったのに、出掛けて悪かったな」
「いや、構わない。カボチャは全部出来たし、いい準備の時間になったよ。後は、パンプキンパイを作ろうと思っていたんだ。それからスープにも入れようと……ああ、パンプキンスパイスラテも作ろうかと思ったんだが、おまえも飲むか?」
「随分とカボチャばかりだな」
「中身が余ってるから」
「パンプキンは所詮飾りだろうが。それよりデイビット、ハロウィンと言えば『Trick or Treat?』と言って菓子を強請ったり、仮装をするものじゃないのか?」
「菓子を強請るのは子供だけだろう? 仮装だって、確かにハロウィン・パレードに加わる人もいるが……普通の家ではまずやらないんじゃないか。アップル・ボビングくらいならやってるかもな。ランタンで飾って、パイを食べたら十分」
Treatお菓子はいらないと?」

 テスカトリポカがにやりと笑ったので、デイビットがぱちりと瞬きをすると、頭上からバラバラと何かが落ちてきた。

「……キャンディ?」

 両端を結んだ個包装のキャンディがデイビットの掌の上にひとつ乗っている。床を見ると、リンツのチョコレートやロリポップ、チュッパチャプスにキャラメルと、小さなお菓子が落下している。

「今のがTreatお菓子? Trickイタズラじゃなく?」
「どっちでもいいだろう、デイビット」

 テスカトリポカはデイビットの頭上にひとつ乗っていたキャンディを摘まみ上げて包み紙を開くと、その中身をデイビットの唇に当てた。その意図するところが分からない訳ではないので、デイビットは薄く唇を開いてそれを受け入れた。舌に転がりこんでくるのは甘いリンゴの味で、本当に彼が、お菓子をあげたかったのか、イタズラがしたかったのか、どちらでもないのか或いはどちらの意図も内包していたのか、デイビットには、やはりよく分からなかった。
 この神様とデイビットが付き合うようになって、もう随分と長い時間が経っている。デイビットがそう感じるのはデイビットの記憶容量の問題に因るものであって、むしろテスカトリポカの側からすれば、ほんの一瞬程度の時間経過でしかないのだろう。記憶を、思い出を積み重ねてきても、デイビットには彼の考えは計り兼ねる。リンゴの味を舌でゆっくりと転がしているような時間もさほどないまま、ソファに横倒しにされて覆い被さられるようにして唇が重なった。彼の唇は煙の匂いがする。それでも甘い、と思うのは、恋心が由縁なのだろう。

「ん……、ッ、テス……」

 口の中でべたべたとするキャンディと、唾液とが混ざり合う。それが何だか舌でいじくられる度に妙な気にさせるので、デイビットはテスカトリポカの胸を軽く押したが、戦が大好きな神の肩はびくともしなかった。むしろ、その軽い抵抗は彼にとっては十分に刺激的なものであるらしく、テスカトリポカは唇の端を上げて笑い、却ってデイビットの身体は身体を預けるクッションに沈みこまされていくばかりだ。身動きが取れない。セックスをしている時にもそう感じる瞬間は多いが、これは身体がなのか精神がなのか、デイビットは、自分はそういうこともよく分からないままだなと思った。

 デイビットは彼と出会って恋心を識ったと言うか、多分自分が抱いているのがそれっぽい感情なのだろうと考えているだけなのかも知れないが、少なくとも彼と出会って初めてそういうことを考えるようになったのは事実だ。それでまでに他人に対して特別な感情を抱いたことはなかったし、ましてそれに恋愛という言葉が結び付く日が来ると思ったこともなかった。仮令それが胡乱な感情でも。不明瞭でも。
 そしてその相手のテスカトリポカは、ちゃんと体系立てた理解(果たして恋愛にそういうものがあるのかは不明)をした方がいいとデイビットに言うようなこともないので、曖昧な感性でしか動けないままでいる。これが愛だとか、こう思うのが恋だとか、完全に理解していない。だから、ここからもしほっぽり出されたら、本当は全部夏の夜の夢だったのかも知れないと、自分でも思ってしまうような気がした。
 ただ別に放られはしないだろうな、と愛撫を受けながら思う。デイビットの両腕はそれぞれ自分の顔の横でしっかりと彼に押さえ付けられていて、そのある種の拘束が、余計にデイビットにそんなことを――だってやっぱり愛されているからまだ離さないでいてくれるのだろうと――思わせたのかも知れない。
 テスカトリポカの唇がようやく離れた時には、デイビットの舌にあったリンゴの味は、唾液に交じるような残り香だけになっていた。

「――テスカ」
「リンゴを取るのがアップル・ボビングだって?」
「全然、違うだろう」
「なら、トリックオアトリートの方か」
「どっちでもいいよ、おまえの言うとおり」

 デイビットが解放された右手でテスカトリポカの頬を撫でると、その掌を掴んで、テスカトリポカは唇を寄せた。
 吸血鬼のコスプレ――カルデアで吸血鬼のコスプレをしていたら何らかの問題が起きそうだが、そんなものもしていないのに、テスカトリポカがデイビットの首筋に舌を這わせて噛んだので、デイビットはまた右手で彼の胸を押した。

「ッ、テスカ、まだパンプキンパイを作ってない。ランタンだって、まだ火を付けてないし」
「そんなものどうだっていいことだろうが」
「ハロウィンパーティーをすると言ったのはおまえだろう? それとも単なる口実にしたいだけだったのか?」

 テスカトリポカは、まぁそうだな、と少し身体を離した。

「こういうことを先にやると行儀が悪いと」
「ああ。まだ早いと思う」
「オマエもここで楽しみに待っていたからな」
「――ああ、そうだ。こんなにランタンを作ったんだから」

 学校で、或いは友人同士でするパーティーを心待ちにする子供たちとは違うだろうが、デイビットも、カレンダーで日付を見てちゃんと憶えていた予定だ。テスカトリポカがカルデアの方をちょっと見てくると言った時には、今日の予定が反故になればやはり残念だという気持ちにもなったし、彼の帰りをカボチャを削りながら待っていた、大事な予定、約束だ。
 テスカトリポカは口元を緩めて、もう一度長めのキスをした。デイビットは絡められた指に軽く力を込めて応じる。

「パンプキンパイを食べたら、『ハロウィン』シリーズの映画を観ようと言っただろう?」
「そうだったな。オマエはそう言っていたな、昨日」
「ああ。でもそれはまぁ、途中で切り上げてもいい。続きはいつでも観られるから」
「映画の間中ずっと我慢しなくてもいいって?」
「……まぁそうだな」
「了解した。なら、大人しく夜までゆっくりとTreatご褒美は待つとしよう。ま、たまには待つのも悪くない」

 掴んだデイビットの掌にテスカトリポカは口付けた。


ハッピーハロウィーン!
まったりイチャラブハロウィンしてるテデ。
季節イベントには何か書いておきたい気持ちがあるんですが、ハロウィンはイラスト向きの行事ですね。

おまけ
「何だったか、パンプキンスパイスラテ? オマエがパイ作りに勤しんでいる間に、それでも用意してやろう。作り方は?」
「よく知らない。スタバの秋の定番のドリンクなんだ」
「ほーう、スタバ、ね」
「テスカ、スタバのを持ってくるなよ、カボチャを使いたいんだから」
「そら、パンプキンスパイスラテのアーモンドミルク変更キャラメルソース・ホワイトモカシロップ・チョコレートソース・シナモン追加、ホイップクリーム増量だ」
「おまえ何でそんなにスタバのカスタムに慣れてるんだ」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です