snow, silence, sushi

 デイビットのリクエストするメニューの一つにSUSHIが増えたのは、日本食をテスカトリポカが振る舞ってやったことに起因していた。

「これってSUSHIか?」

 その日、デイビットは目の前の大皿に盛られた料理を見て首を傾げた。

「SUSHIは、小さく握ったライスの上にフィッシュを乗せた……それか、SUSHI ROLLSの形じゃないのか?」
「一般的な寿司、そしてオマエの好きなカリフォルニアロールのような巻き寿司のような形状の他にも、ジャパンに寿司はある」
「本当に?」
「嘘だと思うのなら、そこのタブレットで調べてみればいいだろう。だが、オマエの神は」
「虚言は吐かないのだろう? それは信じているが、おまえが、何やら人間の文化を曲解する時もあるようだから」
「ま、ジャパニーズでなければ、これが真に正解のBARA-CHIRASHIであるという保証はできんだろうが」
「Oh, BARA-CHIRASHI…」

 文献によれば、ジャパンで非常にポピュラーな寿司というのも種類が豊富であるらしい。デイビットが最初に挙げたきゅっと握ったライスの上にネタと呼ばれる魚を乗せた握り寿司は、一般的にジャパンで寿司と言えばこの形状を指すオーソドックスなSUSHIである。
 北米出身のデイビットは当然、日本食に馴染みはないらしいが、北米や欧州において日本食が話題になることはあるようで、何となく知っているようだった。その日本食をテスカトリポカが振る舞ったのは、彼らと敵対したカルデアのマスターがジャパニーズであり、その契約するサーヴァントの間ではジャパンの風習や食べ物などが話題になることが多いようなので、デイビットにもそういうのを試させてやろうかとテスカトリポカが考えた為である。
 特上寿司と呼ばれる最上級のクオリティの握り寿司を食べさせてやったところ、デイビットはそれを気に入った。彼の好物はハンバーガー(と、甘いもの)であるが、新鮮な魚を生で、そして少し酸味のあるシャリ、酢飯と呼称されるライスと合わせて食べるのは中々良かったようである。煮穴子simmered conger eelも甘いタレと合わせて気に入っていた。それと、アボカドとサーモンのカリフォルニアロールが好きらしい。
 カリフォルニアロールは握り寿司とは異なり、長方形のNORIで酢飯と細長いネタtoppingをぐるりと一周撒いた形状の巻き寿司と呼ばれる形状の寿司である。デイビットの知るSUSHIはこの二種だった。

 テスカトリポカが今日用意したのは、この二種の寿司とは異なる寿司――ちらし寿司である。この寿司は先ほどのように形状を重視しておらず、大皿いっぱいの酢飯に具材を混ぜ合わせて作るだけで完成するという料理だ。混ぜ合わせる具材は椎茸や人参、蓮根などをメインとするようだが、この全能神が用意した特製のBARA-CHIRASHIは、通常の握り寿司のトッピングに使うマグロtunaや煮穴子、そしてサーモンにアボカドといったデイビットの好みそうな具材も混ぜ合わせていて、その上を細く切った卵焼きと海苔で飾り付けたものである。ばらちらしという名は、通常の具材の他に角切りにした魚介を乗せたちらし寿司を特にそう呼ぶらしい。
 寿司にはこの他にもさらに種類がある。握り寿司をぎゅっと木型で押し固めた押し寿司、稲荷信仰と関りが深い甘く煮た油揚げで酢飯を包んだ稲荷寿司、酢飯を薄焼き卵でくるんだ茶巾寿司、などなど。
 デイビットは大皿を見つめて、小さい取り分け皿にご飯を盛った。

「もっと食っていいんだぞ」
「始めはこのくらいでいい。具材もバランス良く乗せられているし」

 そう言ってデイビットはスプーンでピラフのようにライスを掬い、頬張った。もくもくと食べて、うんと頷く。

「It’s delicious. 不思議だな、色々な食材を合わせて食べているのに、調和が取れていると感じられる」

 デイビットは大きなスプーンで自分の皿の上に再びライスを盛っていく。ちらし寿司は気に入ったようだ。
 テスカトリポカも同様に皿に盛って口に運んだ。元々、握り寿司を食べていたことで、魚と酢飯が味として合うということは理解していたが、酢飯と椎茸などの野菜も相性が良いようである。

「他にあられも用意してあるからな」
「……今日は何の日だ?」
「ジャパンじゃあ、雛祭りと言っているらしい」
「そうか。この寿司を食う日なんだな」
「ああ、そうらしい。それからあられcubic rice crackers菱餅diamond-shaped rice cakeを食べる」

 雛祭りという年中行事は、幼子の成長を祈る為の行事であるらしいが、その行事で食べられているというちらし寿司は、最近寿司が好きになったデイビットにもウケるかも知れないと思い、用意してみたのである。実際、ジャパンでも、幼子のある家庭に限らず、その日にはちらし寿司を食べている家が多いようだ。
 二人で大きな皿を食べ終えてから、デイビットはあられ――特に雛祭りの日に食べるひなあられと呼称されているようなほんのりと甘みのあるあられを、ポップコーンのように口に運んだ。

「薄味だな」
「ジャパンじゃ、こういう味ってのを楽しむモノなんだろう?」
「そうか。キャラメルソースを掛けよう」

 と、デイビットは言うので、キャラメルソースを出してやると、キャラメル味のポップコーンのようにしてデイビットはあられを食べた。こうなるとポップコーンとの違いが分からなくなりそうだが、美味しかったよとデイビットは頷いていた。
 テスカトリポカも一つまみしてみたが、確かにこのひなあられという菓子は、キャラメルポップコーンよりも薄味な菓子であるらしい。

「食を楽しむ行事なのか。ジャパンだと、そういう記念日が多いように思うが」

 一通り食べ終えて空になった皿を見ながら、デイビットは文化の違いについて考えていた。勿論アメリカでもサンクスギビングデーには家族でご馳走を食べるとか、そういう行事もあるが、ジャパンにはそういう行事が多いような――先だっても何故か皆が有難がってウナギeelを食う日があるというのを聞いて、デイビットにUNA-JUUを用意してやったものだ。デイビットも特上のうな重を気に入って、また食べたいとしきりに言っていたことを憶えている。
 しかし、恐らく雛祭りという行事の本質はちらし寿司やあられを食べるということではないと思われる。

「いや、メインは雛人形ってのを飾るらしいな。つまりヒトガタの厄払い行事ということだ」
「厄払い?」
「そうだ。自分たちの厄を人形に押し付ける。その為に、こういう雛人形という段重ねを飾るらしい」

 テスカトリポカがパチンと指を弾くとリビングルームに突如として七段に着物を着た人形が並べられた雛飾りが現れたので、デイビットはびくっとした。急に何かが出てくると流石に驚くのだとデイビットは言うが、彼が珍しく驚くのをテスカトリポカが見たいのでやっているという面もあった。
 純粋に、そういう予備的な行動が面倒だからでもある。つまり、雛飾りを家に飾る業者がやってきてそこに設置されるのを見守るというようなギミックの発動が、だ。

「随分と大きいな……というか、邪魔にならないのか? まぁ、クリスマスツリーもそうだが……」
「飾りは減らすことが可能だ。クリスマスツリーのサイズを小さくするようにね。五段、三段、一段と減らしていける」
「よく分からないが、まぁ、一段くらいでもいいんじゃないか? ここにはあまり関係のないものなんだし」

 なるほどとテスカトリポカはまた指を弾いた。立派な七つの紅い絨毯が敷かれた段は一つへと減り、十五体もあった人形は二体だけになった。

「男雛と女雛の一対がメインの人形になるらしい。そしてこのヒトガタはその家の厄を引き受けると」
「なるほど。しかし、この人形はかなり精巧にできているが、こういったものが置いてあると威圧感も感じるものだな」
「なら、これはどうだ」

 パチンとまた指を弾く。人形の顔が精悍なジャガーの面に変わる。デイビットは眉間に皺を寄せる。

「余計に怖くないか?」
ワガママだなYou are selfish.。ならばこうしてやろう」

 テスカトリポカは、今度は、一対の人形の顔をデフォルメのジャガーらしく変えた、ジャガー人形にした。それを見たデイビットは、可愛いじゃないか、と微笑んだ。

「うん、いいと思う。こういう人形も売れるんじゃないか?」
「デフォルメ版ジャガー人形か。アイデアは悪くないが、あまりジャガーの印象をcuteにするのもオセロメーたちの士気に関わるかも知れん」
「南米最強の動物だという?」
「そうだ。そういうのがヤツらの自負心に繋がるというものだ」
「ジャガーマンにもそういうのがあるんだな」
「カルデアにいるジャガーマンの話であればオレは知らん」
「まぁ、そうだな。じゃあ、これは、ここだけにしておこうか」

 デイビットはそう言って、小さくなった雛飾りをテーブルの乗せて飾ってやることにしたようだった。

「確か、別名が桃の節句だったか? もう春の行事なのか。まだ冬も堪能していない気がするのに……」

 雪が積もるのも見てない、とデイビットが言ったので、テスカトリポカは肩を上げた。

「そういうリクエストがあるなら早く言っておけよ、デイビット。見渡す限りの雪、太陽が反射して眩むような雪原、だな?」
「詳細なリクエストはしていないが」
「窓の外を見てみろ」

 デイビットは言われたとおりに窓を開いて、「Wow!」と声を上げた。

「雪景色だ」
「オマエのリクエストのとおりだ」
「そういうことが言いたかった訳ではないんだが……」

 喉を刺すような冷気、太陽の光に粉雪が舞う。常ならば見える筈の海岸もどこか遠くへ行ってしまったかのように、目の前に見えるのは雪だけだ。
 デイビットは窓に手を差し出した。そこに、雪の結晶が舞い降りる。

「寒い――」

 その言葉は詠嘆のようであった。テスカトリポカは笑い、外に出よう、とデイビットに言った。

「雪遊び仕様にしてやるさ。そら」

 デイビットは白煙に包まれると、ボーダーのセーターに、黒のダウンジャケットを着た冬仕様にチェンジした。テスカトリポカも、いつもの短いトップスを温かなセーターに変えて、ダッフルコートを羽織っている。
 マフラーを首に巻いてやって、これで外に出られる、とテスカトリポカが言うと、デイビットは笑った。

「ところで、雪で遊ぶって、何をするんだ? スノーマンを作るとか?」
「デイビット、オレたちに似合いの雪遊びというのがある」
「似合い?」
「そうだ。戦だ」

 デイビットはことりと首を横に傾けた。

「YUKIGASSENだ」

 聞き慣れない言葉に、デイビットは目をぱちくりとさせていた。
 二人は温かい家を出た。ドアを開けて、もうすぐに雪原は広がっていて、デイビットは、庭がなくなってる、と呟いた。それに対して、雪が溶ければ元に戻る、とテスカトリポカは言った。

「何も見えなくて、本当に、美しいと言うのか、空恐ろしいと言うのか、分からない。でも、やっぱり綺麗だな」
「気に入ったか? 今日はこの雪景色をめいっぱい楽しむといい。デイビット、やるぞ、オレたちの戦争――雪合戦を」
「大袈裟な言い方だな……。ええと、雪を丸めてボールにして投げ合うんだったか? こんなふうに?」

 デイビットは冬用のブーツの近くの雪をぎゅっと押し固めて丸くしたと思うと、シュッと投げて、神の顔面に直撃させた。

「……デイビット、オマエは……」
「悪い。顔面を狙ったつもりはなかったんだ。肩にでも当たればと思って。おまえみたいに狙いが逸れて悪かったよ」
「みたいは余計だ。ま、油断したのが悪かった。コイツは合戦warだからな」

 悪かったとは口で言いつつも、デイビットは、もう足元に雪を固めている。

「ルールはどうなんだ? 当てた数が多い方が勝ちか? それだと、数えるのが面倒になりそうだな……ノックアウトしたら勝ちでいいか?」
「ノックアウト、ね。オマエも大概物騒だな。基本的には一度玉が当たったら終いになるらしいが」
「じゃあそれでいこう」

 言うなり、デイビットは雪玉を豪速で投げてきたので、これには流石に全能神も驚いた。いくら何でも果敢な戦士過ぎる。

「デイビット! 開始の合図くらい待て」
「戦じゃなかったか?」
「現代の戦には開戦の合図があるものだろう。条約で決めていたんじゃなかったか?」
「じゃあおまえのタイミングでやってくれ。オレはいつでも構わないから」

 敵は本気のようである。
 己の見込んだ戦士が、どのような戦においても手を抜かず、神にすらも力いっぱい雪玉を投げてくるということは、資質を見込んだ者として結構なことであるとは思うが、YUKIGASSENは流石にもう少し娯楽寄りで良かったんじゃないだろうか?

(が、全力でと言うのであれば、誰であれ容赦はしない――)

 戦士を守護する神である。戦を好む神である。無論、合戦に手を抜くような真似はしない。

「ならば今から戦を始めるぞ。出てこい、ゲートオブウィンター!」

 テスカトリポカは無数の雪玉を背後に出現させた。その様は、何となく、どこかの高笑いの似合うような王が武器を投擲するように攻撃する様子に似ているような……。

「覚悟しろ、デイビット!」
「他人の宝具をパクっていいのか?」

 テスカトリポカの背後にある無数の雪玉がデイビットに向かって突き刺さっていく。デイビットはそれを――サッと屈んで避けた。目の前には雪で固められた盾が出来上がっている。雪玉は弾丸のように発射されていくが、盾に弾かれて砕けていくばかりだ。
 その間隙を縫ってデイビットは雪玉をテスカトリポカに当てた。

「あっ」

 また、顔面に。

「……デイビット……」
「悪い。当てる場所を選んでいる余裕がなくて。だが、この戦いはオレの勝ちだろう?」

 デイビットは満足そうに微笑むと、近寄ってきて、テスカトリポカの顔の雪を指で払った。

「こういうのが慢心だって?」
「デイビット」

 クスクスと笑う。楽しそうな笑顔だった。

「次は、スノーマンでも作ろうか」

 雪を払い落したデイビットは、サクサクと新雪を踏み歩いていく。その先にはどこまでも雪の世界が広がっている。
 太陽の光は雪原に煌めき、白紙の地球には、このような美しい光景はないのだろうとテスカトリポカに思わせた。デイビットが振り返る。切り取って永遠に保存しておきたいような笑顔を浮かべている。

「テスカトリポカ――」

 ぽすん、と急にデイビットは後ろに倒れたので、テスカトリポカはぎょっとした。
 まさか急に体調不良を起こして倒れたということもあるまいとテスカトリポカが近付くと、気持ちよさそうだと思って、と暢気に笑っている。

「雪がクッションみたいで」
「冷たくないのか?」
「冷たいよ」

 触発されてテスカトリポカも雪原に身体を埋めてみた。もしもここが、地球の雪山で、近くに人も、家もなく、二人きりで倒れ込んだら死にに来たと思うのだろう。

(冷たい)

 人と同じような温度を感じられるテスカトリポカの身体も、体温を奪われて凍えていく。凍えて、最後には指ひとつ動かなくなりそうな、寒さ。
 死にたいのか、と言おうとしたのを予期したように、「死ぬかな?」とデイビットは尋ねた。

「死の国で、これ以上死ぬ筈もないだろう」
「そうだろう? だから」

 目を閉じて眠っても、目覚めは訪れるだろう。深く雪に埋もれて、デイビットの顔が見えない。声も雪に遮られて、実際よりも遠くにあるように聞こえる。
 声がなければ他に音もなく静かな世界。雪と光で満たされた空間。何となく、何となくなのだが、もしかすると人間が永遠という言葉を用いるのはこういう瞬間なのではないか、とテスカトリポカは思った。
 暫くしてデイビットは起き上がり、スノーマンを作ったら部屋に戻ろう、と言った。

「指が動かなくなりそうだ」
「手袋でもいるか?」

 ほら、と出してやると、デイビットは受け取って、雪玉をすぐに転がし始めた。テスカトリポカが身体を起こしてそれを眺めていると、おまえも手伝ってくれ、とデイビットは言った。

「ボディを一つくらいは作ってくれ。ちゃんと、転がすんだ」

 まるで魔法でインチキ・・・・・・・・をしようとしていたのを見透かしたようにデイビットは雪玉を見据えて言った。

「わざわざやるのか? 手が冷えるばかりだろう」
「それを体感しないと意味がない。おまえが嫌なら、オレが全部作るよ。パッと出さなくていい」
「……仕方ない。手伝ってやるとしよう」

 テスカトリポカは図らずも重くなっていた腰を上げて、デイビットの作ってあった雪玉をころころと転がしていく。
 デイビットは割と好奇心旺盛な方だと言える。そもそも、フィールドワークのような調査は、何事にも興味を持つ作業だろう。そして、与えられた物事に全力で取り組むという、真面目さ、のような性質が、雪だるま作りにも気合を入れて臨んでいる、かも知れない。
 デイビットの考えがテスカトリポカには何でも分かっているワケではない。彼は優秀な戦士で、天才的な魔術師で、それでいて結構、突飛な男なのだ。デイビットに言わせれば、ヴォーダイムほどじゃない、らしいのだが。

 スノーマンはテキパキと手際よく雪玉を作り上げたデイビットの手によって、さほどかからずに完成した。木の枝を刺し、手袋を刺し、ボタンを付けて、瞳は青と紫、とデイビットは指定した。顔を整えている。自分たちを模した雪像を並べて飾ろうという寸法なのだろう。突飛で、案外可愛らしいことも考えるものだな、とテスカトリポカは唇の端を上げた。

「なら、これでどうだ」
「宝石? 何だか、大仰だな」
「大仰な作業の手間賃だ。アメジスト、アクアマリン」

 瞳に当たる部分にはめ込むと、チープな雪の像は不似合いな光を輝かせた。
 デイビットはそれらしく髪の形を整えていたので、それっぽく、雪だるまは完成した。まるで、さっき見た人形のように、行儀よく二体が並んでいる。

「並んでいるとさっきの人形みたいに感じるな」

 同じことをデイビットが口に出したので、テスカトリポカは笑って、彼の肩を抱いた。

 それから数日後。

「なぁ、テスカトリポカ。この雛飾りは、まだ飾っておいていいのか? 普通、こういったアイテムは、当日まで飾って翌日に仕舞うものだと思うんだが」

 相変わらずテーブルの上に鎮座する二体の人形を見て、デイビットは尋ねた。

「確かにそうだが、せっかく作ったものだからな。もうしばらく置いてやってもいいだろう」
「そうだな。問題ないのなら、しばらく飾っておいてもいいか。クリスマスツリーを年末まで飾っておくのならどうかと思うが、これくらいならな」

 厄払いの為の人形は、本来であれば、長く家に置いておくことを推奨されていないらしい。娘が嫁に行く時期が遅くなる、だとか。ジャパンではそのような物体に対する信仰も厚いようであり、祈りの表裏には呪いが置かれているのかも知れない。
 神の楽園に、この人形に祈りを込めた国のような意味合いは生じず、そして、ここには厄は存在しない。休息するものを傷つけるようなことはない。ヒトガタが永遠に置かれていても支障はない。
 だが、ふと人形を見つめていて、これが前へと進むデイビットをここに押し留めてくれることもあるのではないかとテスカトリポカは思った。
 戦士の歩みを止めるのは神の本意ではない。ただそれでも、永遠にここで過ごしていることができるのなら――と、思わないこともない。

「テスカトリポカ、SUSHIが完成したんだ。見てくれ。KAZARI-ZUSHIだ」

 キッチンから大皿を運んできたデイビットは、少し誇らしそうにそう言って皿の上をテスカトリポカに見せた。海苔を巻いた大きな巻き寿司の断面がカラフルだ。

「MAKI-ZUSHIの具材を巻く時に、断面を計算して具材を入れるんだ。これは春だから、ジャパンの伝統的な桜の花が見えるようにしてある」
「オマエもいつも器用なことをするな」
「雪の結晶もある。味の方は、まぁ、あまり意識していないんだが、食べられない物は入れていないから食べてみてくれ」

 桜、雪の他に、直線的な模様で構成された巻き寿司もある。全く器用なことだと思い、テスカトリポカは寿司を摘まんでじっと眺めた。それからぱくりと口に入れる。

「味も悪くはないだろう。メインの具材はないようだが」
「普通の寿司みたいにはないが、味は整えてあるつもりだ。こないだのBARA-CHIRASHIは美味しかったな」

 デイビットはその記憶に付随する人形の方をもう一度見た。

「ここにあるのにも慣れてきたし、せっかくだから、飾る場所を見付けてずっと置いておこうか?」


デイビットくんにも美味しい物をいっぱい食べて欲しいよね&あんまり雪の話する機会がなかったな、でミックスされました。
この後、美味しかった特上のうな重をねだるデイビットくんの姿が……!

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