Precious Life / Previous Life

 現代のスーパーマーケットやコンビニエンスストアという場所は、非常に利便性が高い場所である、と神も考える。特にコンビニなんて、一日中店の灯りを絶やさないのだ。深夜に買い物がそこまで必要なものなのだろうか? 街灯の一つもない時代の王と共に歩んできたテスカトリポカには、知識はあれど、現代の文化はまだ馴染みが薄い。
 ということもさほどないのだが、まぁよくやるものだな、と感心する次第である。依代の身体を自在に操れる今のテスカトリポカは、パソコンどころかスマホ、タブレットだろうと問題なく扱える。先端技術への理解度も高いし、ChatGPTも使いこなせるのであった。

「コンビニよりはスーパーの方が安いんだ」
「……そういう生活の知恵か?」
「そうなんだろうな。ドラッグストアも安いし、コンビニは24時間営業するが、単価が安い訳じゃない。いつでも買える時間的優位性や、どこにでも遍在しているのが特徴なんだ」
「遍在、ね」

 そんなテスカトリポカも、技術の革新については決して現代人に引けを取らない知識であるとは思うが、現代を生きている人々の知恵や価値観に染まっているワケではないのである。
 今日の夕食をマックで済ませるか、買い物に出掛けるか、ウーバーイーツでいいのか、といういつもの選択肢の中から、今日は駅前のスーパーで買い出しをしてデイビットが料理を作るということに決まり、二人は家を出た。
 デイビットは料理上手だということもないが、大概器用なので、作ろうと思った料理は作れる方である。猫の時は、煮込みか普通の炒め物くらいが、デイビットの作ってくれる料理であったが、今は違う。

「タコスでも作ろうか」
「ん? 何だ、オレの文化に合わせたのか?」
「アメリカでもよく食べるからな」

 フフ、とデイビットは笑った。

「勿論、アステカ文明と神様に敬意を表してもいる。具材は何がいい? 日本だとひき肉で作るのが主流だ。あとサルサを作って」

 テスカトリポカがこの人型のボディを得て、それなりの日数が経過した。デイビットはテスカトリポカとの暮らしにすっかり順応している。元々、適応力が非常に高い男なのだ。
 そして、記憶を蝕まれる問題が解決したことで、感情表現も豊かになってきている。デイビットにそれが備わっていないワケではなかったのだろうが、記憶の制約があった為に、デイビット自身がそれを無意識に抑え込んでいたのだ。彼はそもそも他人を慮ることや思いやりを持っている。しかしそれによって他者との親交を深めようとはしない。いや、深めてはならないと考えていたのだろう。記憶の問題だけではなく、自分が何者、、か、自分でも判断しかねていたから。自分の存在が、彼らにとって遙かな害であることを感じ取っていた為に。
 その害というか、棘のようなものすらも、全能神が傍にいれば問題はなくなる。デイビットはもう、他者との関係に関して己を鋭く規律する必要などないのだ。全てこの全能神のおかげ。全能神の彼への愛、それ故のことだ。
 だが。

「どうした? 菓子なんて見て、珍しいな。食いたいのか? 何だ、季節限定のヤツか? オマエもそういうのが気になるのか?」
「ああ。これを、ペペロンチーノが気になると言っていて」
「……そのふざけた名は、オマエのオトモダチの一人の名だな」
「前にサークルで飲み会をした時に、おまえも見ただろう? 出で立ちが派手だから、おまえも憶えていると思う」
「ありゃ全員派手だっただろうが」
「まぁ、そうなんだが」
「オマエと最も親しい男だったな」
「……そう言っていいのかは分からない。友人だとオレは認識しているが」

 向こうはそうじゃないだろうなぁ、と、テスカトリポカは言わなかった。あの熱視線を受けても、友人だと言うデイビットにわざわざネタをバラす必要もない。それで――どうにかなるような関係ではないだろうと思うが、そしてペペロンチーノの方もどうにかなりたいと思っていないようではあるが、テスカトリポカとて無駄に爆弾に火を付けるような真似はしたくないのである。本物の戦いならばいざ知らず。
 デイビットは他者との距離を置く必要がなくなった。つまり、本来の彼の内なる要望のとおりに、友人と過ごすことが出来るようになったのだ。勿論、彼の世界が広がることは望ましいことであるのだが――。
 テスカトリポカはため息を吐いた。普段、無駄な物を買わないデイビットが、その菓子を手に取ってカゴに入れたのだ。

「デイビット」
「せっかく憶えているんだから、これくらいはいいだろう?」

 デイビットは柔らかな表情を見せた。まだ、にこにこと笑う、という表情の変化が増えたのではない。けれど、雰囲気は最初に会った時に比べて格段に柔らかくなった。

「オレのお陰で?」
「ああ、そうだ。取りこぼさなくて済んだんだ。全部神様のお陰だよ。そうだ、オレたちの分も買って食べたらどうだ? 今日は映画を観ながらこの菓子を食べよう」
「……その提案は悪くないな」
「おまえの好きなのを観ていいよ」

 そう言って、デイビットはもう一箱、カゴに追加して入れる。
 もしかすると、これはご機嫌取りで言ったのか? とテスカトリポカは考える。いや、まだデイビットがそこまで恋愛の機転を会得しているとは思えない。多分、デイビットに好意を寄せる男――これが単なる友人でないことはテスカトリポカには明白なので、それに対しての当然の嫉妬と、そんなテスカトリポカの不機嫌への対処をしたということはなさそうだ。単純に、これから友人に渡す菓子の味を自分でも見ておこうと思っただけだろう。
 テスカトリポカは機嫌を直す為に、デイビットの腕を引いて、頬にキスをした。

「テスカ、そういうことは」
「目に付く場所ではしていないだろう。監視カメラの位置までは把握していないが」
「……まぁいいか。今更だな。タコスの材料を揃えて早く帰ろう。具材が余ったら、明日は弁当にタコライスを作ってみようかな」
「タコライス?」
「タコスの具材をご飯に乗せた日本の料理だよ」
「相変わらず得体の知れない改造をする国だな。魔改造と言ったか?」
「おまえも相変わらず多様な日本語を知っているな。魔改造というほどでもないだろう、主食を取り換えただけなんだから」
「それを魔改造だと言うんだろうが」

 話しながら、デイビットはひき肉、玉ねぎ、コリアンダー、トマトに青唐辛子とポンポン具材をカゴに入れていく。彼の作るディナー、そして今日二人で観る映画のことをテスカトリポカは考えながら、カゴの中の二つの菓子をチラチラと見ていたのだった。

 藤丸の尊敬する金色の髪の先輩が金色の長髪の男と歩く姿を駅で見かけたのは、梅雨に近い頃だった。
 その先輩はいつも独りで歩いていて、大学で見かける時にだけ、サークルの友人という人たち――藤丸も知っているカドックやペペロンチーノ――といることもあるくらいだった。彼とは学年や年齢が違うので、藤丸は昔から知っているという訳ではないが、こう見えて、人となりを見抜くのは得意なつもりだ。デイビット先輩は、あまり、人と過ごそうとしていないらしい、と藤丸は感じていた。孤高なのだ。そうであることが恐ろしいと思わないような、そういう、独りでも眩まず歩けるというような、ひと。
 そんな彼が、肩を抱かれたりしながら歩いているのを目撃して――藤丸は慌てて走った。

「ペペさん大変! 先輩と誰かが駅前で歩いてた!」

 デイビットの友人であり、藤丸にとっても頼りになるもう一人の先輩であるペペロンチーノ。彼は本名を名乗らない。調べれば分かるのだろうが、藤丸も余計な詮索はせずに、言われたとおりにあだ名の方で呼んでいる。
 彼はデイビットに好意を抱いている、ということを本人以外には特に隠していないので藤丸も知っている。であれば、そのことを報せなければならないだろうと思ったのだ。言われたペペロンチーノはぐったりとした様子で、あの金髪のロン毛の男のことよね、と言った。そして、まだそのことについてデイビットにちゃんと聞けていない――と言ったのだった。

「オレと歩いていた金髪の男?」

 そこで藤丸がデイビットに聞きに行くことに決めた。ペペロンチーノも、聞いておいた方が良いのではないかと思って連れてきた。
 朝一に『今日お昼一緒に食べていいですか!』とメッセージを送ったところ、すぐに『構わないよ。食堂でいいか?』と返ってきたのだ。
 デイビットは、この数カ月、これまでとは雰囲気が以前と異なっている。これまで、いつもクールで素っ気ない、というより、必要最低限の会話で済ませようとしている――面倒とか嫌がっているのとは違う――ようだったのが、もっと対応も表情も柔らかくなった。
 彼がどこか機械的な、するりと冷めた対応をすることを藤丸は嫌だと思ったことはない。彼は芯から冷たいという人ではないし、思いやりを持っている人だと分かっていたので、たとえいつもの会話がきっかり五分、、くらいで収められてしまっても一向に構わなかった。ペペロンチーノにしてもそうだっただろう。
 だが、もしかすると彼に何かの変化があって、そして、その五分の会話を広げてくれるようになったのなら、それは藤丸も大歓迎だ。嬉しかったので幼馴染のマシュやお世話になっている人たちにも、最近の先輩は前よりもっと優しいんだよ、と話していた。
 もしかすると、デイビットと歩いていたという男といることが、その変化の理由になるのだろうか、と考えてもいた。

「ああ、テスカのことか」

 彼の呼んだ名前を聞いた時、藤丸は、何だかよく分からない感傷のような眩暈を感じた。この感覚を藤丸はよく受ける。誰にも言ったことはないが、例えば始めて少女と出会った時に、カドックやペペロンチーノの名前を聞いた時に、そしてデイビットと出会った時にも感じたものだ。何かが、引っ掛かる、、、、、ような。
 殆ど誰にも話したことはない。ただ、世話になっている遠縁のおじさんには言ったことがある。気にし過ぎない方がいい、悪夢を見ては困る、というような、何とも言えないことを言われただけだったが。
 テスカ。テスカ――何だろうか、聞き覚えがあるような気がする。デイビットと同じように、日本の人の名前ではないのだろうけれど。

「恋人だよ」

 ――藤丸のいつもの不可思議な物思いはその一言で思考から消えた。

「えっ、恋人? 先輩の恋人だったの?」
「ああ。妙だったか?」
「そういう訳じゃないけど、えっ、先輩に恋人……、何か、謎のショック……! ど、どこで出会ったの? どういう人?」

 弁当用のやや小さい箸を持っている手を止めたデイビットは、少し言い淀んだ。今日は先輩はひき肉とトマトのソースの掛かったご飯を食べていて美味しそうだ。いや、そんなことはどうでもいい。
 しまった、そんなにプライベートなことを聞くような間柄じゃなかったかも、と藤丸は内心、焦った。オレって先輩にとってはただの後輩だよね? と、冷や汗が出そうになった。

「ご、ごめん、先輩、そういうの答えにくかったら――」
「いや。ただ、一言で説明するのは難しいんだ。まぁ、そうだな。ヤツとの縁を話すなら、前世からの縁、前世の恋人、というところじゃないか?」

 事もなげにデイビットはそう言ったのだ。いつもと変わらない、涼しそうな顔で。あのデイビット・ゼム・ヴォイド先輩が。あの孤高で美しいひとが。恋人のことを。前世の恋人だ、と。
 藤丸には前世の記憶といったものはない。恐らくであるが、大半の人もそうであるだろう。そもそも、生まれ変わりや転生という出来事は本当にあり得るのか――そんなことは分からない。けれど、マシュやデイビットと出会った時に、そういう何か、、を感じたのも事実だった。このひととはまた巡り会う、という予感。予兆。藤丸はそれを信じる。どこまでも続いていく途切れない縁を。
 だから、デイビットがそう言った時に、やっぱりカッコイイなぁ先輩って、と、思ったのだ。流石。ペペロンチーノが好きになるのも分かる……。

「あ……、ペペさん!」
「前世って……何よそれ……」

 様々な衝撃で藤丸もすっかり忘れていたが、隣に座っていたペペロンチーノは見事に撃沈していたのだった。こんな展開なら、とりあえず様子見に一人で聞けば良かった、と藤丸は後悔する。

「そうだ、ペペロンチーノ。おまえが気になると言っていた菓子が売ってるのを見たから買ってきたんだ。いるか?」
「えっ、お菓子? 憶えててくれたの、デイビット?」

 デイビットはどこか嬉しそうに瞳を細めた。珍しい表情だと思いながら、藤丸は紙パックのオレンジジュースのストローを啜る。

「季節限定のレモン味よね。嬉しいわ」
「へぇ、美味しそう。先輩もこういうお菓子食べるんだね」
「オレ一人だとあまり食べないが、テスカと映画を観る時なんかに食べるんだ」

(あっ……)

 パッと明るくなったペペロンチーノの表情がまた一気に曇ってしまった。

「そういうことだ」

 ふと顔を上げると、金色の長髪の男――デイビットが『恋人』だと言った人が、デイビットの背後に立って、藤丸たちを見ていた。いつの間に、と思う。気配を感じなかった。何だか、にゃあと鳴く猫の声が一瞬聞こえた気もするが、食堂に猫の姿なんて流石に見当たらない。

「テスカ、用事でも?」
「今日は昼までと言っていただろうが。迎えに来てやったんだ」
「こっち方面に用事があっただけだろ?」
「何だっていいだろう、理由なんざ。オマエが友人とメシを食うと言うからここまで来てやったんだ」

 男はじっと藤丸を見つめた。とても迫力のある美形だ。おじさんもかなり整った美形だなとよく思うが、こちらは造形が人間離れしたように整っている。四肢は長く、サングラスを外した瞳は透き通るように青い。
 青い視線がじろじろと藤丸を見て、「ま、悪くはないな」と言った。

「向こうでマスター、、、、と仰ぐのも、納得がいかないことではないだろう」
「えっと……?」
「ああ、悪い。コイツはたまにこうなんだ。テスカ、そういう話はやめてくれ」
「そういう話は嫌なんだったか?」
「初対面で訳の分からないことを相手に言うのは失礼だと感じただけだ。オレのことはいい」
「本当に? また妬いてるんじゃないのか、デイビット?」

 デイビットの恋人は彼の頭をくしゃりと撫でたので、しかもデイビットはそれを瞳を細めて受け入れているので、藤丸は驚いた。
 ――先輩に? そんなことが出来るんだ。何故なら恋人だから……! てか先輩って妬いたりするの?
 あまりにも新鮮な体験が多すぎて、藤丸の頭はぐるぐるしていた。ペペロンチーノは全然復活してこない。

「コイツも存外オマエのことが気に入っているようだからな。ま、今後も仲良くしてやってくれ」
「え、あ、ありがとうございます……?」
「テスカ、そういうのはいい。何目線なんだ。――そうだ、藤丸、今度の土日にでも、家に来ていいよ。猫が帰ってくるから」
「えっ、ホント!」
「オイ、デイビット、勝手にそういうことを決めるんじゃない」
「オレの猫は可愛いから、きっと藤丸も気に入ると思う」
「デイビット!」

 デイビットは微笑んでいた。先輩と恋人のテスカって人、ラブラブなんだなぁ、と藤丸はよくよく理解した。

「……ごめん、ペペさん」
「……いいのよ、デイビットみたいに顔のいい男に誰も寄り付かないなんて私も思ってなかったから。でも……」

 前世からの男って何よ、何なのよ、とペペロンチーノは呻いた。


現パロデイビットくんにテスカさんとはどうやって知り合ったの? って聞いたら前世からの恋人(大体合ってる)って言ってくれるんじゃない!? って思って……(などと供述しており)

この後先輩の家に遊びに行くと黒猫に「テスカ」って呼び掛けてしまって、えっ先輩もしかして猫ちゃんに恋人の名前付けて……? と聞かれて、流石に本当のことは言えず頷くしかなくなるデイビットくんの姿が……。

エイプリルフールズエチュードはイドやってから書いたのでおじさんのイメージはイドモンおじさん(お父さんは違うな~と思った)なんですけど自由想像で大丈夫な感じです。幼馴染のマシュちゃんは元気に暮らしてるし従妹のロリンチちゃんもダヴィンチ叔母さんもサハおばさまももきっとみんないる。

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