melting hot

 ミクトランパに夏が来た。
 神の楽園たるミクトランパに、暦、季節といった概念は本来的に存在してはいないが、現在はそのように機能するようにしてあるのである。
 楽園は言わば現実世界を投影しただけのような実態なきセカイではあるのだが、そこで暮らす人が、そう意識することはない。ただ、現実世界には存在していないという事実があるのみである。
 異聞帯でのマスターにして、現在はミクトランパに居住しているデイビットは、そこでまったりと暮らしている。神の楽園で、様々な物事に触れて、これまでに得ることの出来なかった24年分の経験(厳密に言うとそれはが生まれてからの年月ではないのだが)を蓄積しているのである。要約すると楽しく暮らしている、ということだ。
 ミクトランパにはスパリゾート以外に何もなかったが、デイビットのために、テスカトリポカが地球上と良く似た環境を用意してやっている。暦やら時間、それに季節の概念なんかを取り入れているのだ。本来であれば、デイビットの暮らす場所にも、暑さだとか寒さだとかは存在していないのだが、そういう趣向を取り入れてやったのだ。だが、オール電化気分で作った家にはA/Cも当然備えてあるし、快適な温度を常に保つようにしている。そうであった。

「暑い」

 そんな夏がやってきたミクトランパでのある日、二人の家のA/Cが壊れたのである。

「何で壊れるんだ? ここにはそういう概念があるのか?」
「あるかないかで言えば、ある」
「どうして」
「地球上の物質がそうだからだ。故障もするし劣化もする。経年劣化、サビ、汚れ、そういうものはオマエも見ているだろう?」

 デイビットの言うように、楽園には物体が壊れるという概念も当然存在はしていない。していないが、そういうエラーが起こるのだ。何せ、物体にも地球と同じ概念が取り入れられている。使えば汚れ、摩耗し、乱暴に扱えば壊れるし、予期せぬ出来事も起こり得る。その方が、デイビットの認識が狂わないからだ。
 いや、もう大分狂ってるんだが。
 と、デイビットは言うが。出来るだけ地球の状態に近付けてやっているのである。

「そうなのか。まぁ、別に何でもいいか。早く直してくれ。暑い……」

 デイビットはいつも着ているニットで身体をパタパタと仰いでいる。

(珍しいな)

 デイビットは、意外ときっちりした男だ。シャツのボタンは上まで止めているし、着こなしを崩さない。殆ど表情も変わらないのだ。それが、暑そうで、不快そうに眉を顰めている。珍しい。それに、中々見られない姿だ。案外悪くないんじゃないのか、とテスカトリポカは思う。

「デイビット、暑いなら脱いだらいいだろう」
「そういう話じゃ……」
「そら」
「Wow…」

 暑苦しそうなデイビットの服をティーシャツとショートパンツshortsにテスカトリポカが指を弾いて切り替えてやると、そうじゃなくて、とデイビットは眉間に皺を寄せる。

「服装じゃなくて、A/Cをどうにかしてくれ」
「今は故障中だ」
「だから、故障って……直したらいいだけじゃないか」
「デイビット、修理業者も今はハイシーズンなんだ、来るには一週間掛かる」
「テスカトリポカ!」

 そういう趣向なんだよ、とテスカトリポカは言い、近付いてきたデイビットの鼻先に人差し指を当てた。

「興が乗ってきた。しばらく暑い夏を満喫するぞ、デイビット」
「満喫って……ミクトランだって十分暑かっただろう?」
「オマエは礼装の機能で平然としていただろうが」
「暑いは暑い。さほど気にするようなことじゃなかっただけで」
「暑いからこそということはあるだろう? ジャパニーズかき氷shaved iceなんてのはどうだ? コンデンスミルクを掛けて食うらしいぞ」
「……それは、試してみる」

 デイビットが素直に頷いたので、テスカトリポカは口角を上げて、デイビットの頭を撫でた。

「食べ物に釣られたんじゃないからな。おまえに言っても無駄だと思い出しただけで」
「ほら、コイツが練乳いちごかき氷Strawberry condensed milk shaved iceだ」

 日本の食べ物の見様見真似で、透明なグラスにシェイブアイスをこんもりと盛って、上からコンデンスミルクにいちごのソースをトッピングにした甘そうな氷菓子を作り、デイビットに渡すと、デイビットは喜んで(と、テスカトリポカの目には映る)、それを頬張った。

「Delicious.」
「どうだ、暑い夏もいいものだろう?」

 テスカトリポカもスプーンでひと口掬って食べてみたが、練乳が甘いな、と思った。デイビットはとにかく甘い物が好きなので、気に入るだろうと思っていたのだ。

「かき氷があるからいいというものじゃない」
「だが、寝室のA/Cは壊れていないだろう?」
「昼間からベッドにいるのはどうかとオレは思う」
「真面目だな」

 暑いな、とテスカトリポカも思った。コートを着ていなくても部屋の中は暑い。冷えた氷は身体を内側から冷やしてくれてちょうどいい。

「こないだのアイスクリーム」
「ああ、雪見だいふくMochi Ice Creamか?」
「うん。あれも美味しかった。ジャパンの食べ物もいいな」

 でも暑い、とデイビットは呟いた。

It’s melting hotすごく暑い…Today I don’t feel like doing anything何もしたくない.」

 そう言って、デイビットはソファに横になった。

I don’t know what God’s thinking.神の考えていることは分からない

「デイビットなら、暑さでバテてるぞ」
「えっ、暑さで? ミクトランパって暑いの?」
「夏だからな。地球と同じように、そうなってはいる」

 テスカトリポカが召喚されているカルデアで、アサシンの方のマスターである藤丸に、近頃のデイビットの様子はどうなのか(藤丸はデイビットのことをとても気に入っている)と聞かれたため、テスカトリポカはそう答えた。

「家のエアコンA/Cが壊れたんだよ」
「えっ壊れるんだ」
「直すのは簡単だが、たまには夏を体感するのもいいだろうと思ってね」
「先輩ってポカニキの気まぐれにいつも付き合ってるんだねぇ……」

 話を聞いた藤丸は、何だか遠い目をした。

「あ、でも、ぐだってる先輩見たいから写メ撮ってきて!」

 写メって今死語だろ、とテスカトリポカは思ったが、まぁ気が向いたらな、と頷いてやった。

「ぐでたまみたいな先輩かぁ。あ、たれぱんだかも?」
「何だか知らんが、サンリオかサンエックスか統一しろ」
「ポカニキ何でも詳しいね。ね、先輩、何のアイス食べるの?」
「普通のだ。普段はベン&ジェリーズのチョコレートファッジブラウニーだとか、ハーゲンダッツのトリプルチョコレートファッジクッキーのパイントサイズを食ってるな」
「結構重めだね。先輩って甘党?」
「本人は違うと言っているがね。かき氷も好きだと言っていた。ああ、最近じゃ日本のアイスキャンデーだとかも気に入ったらしい。ソーダ味を食ってる。あとは何だ、雪見だいふくを美味いと言っていたな」
「雪見かぁ。雪見、美味しいよねぇ」
「オレにも一個寄越したから食ったが、アイスクリームにしては食感に変化があっていいんだろうな」
「えっ! 先輩って二つしかない雪見のひとつくれるの! 優しい!」

 藤丸は両手を握って、パピコもくれるの? と尋ねたが、残念ながらその商品はミクトランパで食べたことはなかった。

 ミクトランパにあるテスカトリポカとデイビットの住んでいる家には、開け放たれた窓からの風が通り抜けている。
 ソファに寝転がっているデイビットは、青いアイスキャンデーを片手にタブレット端末を眺めていた。その姿にテスカトリポカがスマートホンを向けると、アイスキャンデーを口に咥えたままデイビットはスマホのカメラを見た。カシャッと軽快な音が響く。

「何を撮ってるんだ?」
「いや、お嬢がオマエのぐだってる姿を見たいとか言ってんだよ」

 それを聞くと、ガバッとデイビットは起き上がった。

「やめてくれ。プライバシーの侵害だ」
「Americanは良くそういうことを言うな」
「暑くてバテるのは仕方ないだろう。というか、そういう趣旨なんじゃないのか、今の状態は」

 デイビットは礼儀正しい男である、ということは別にない。だが、身支度は整えているし、口調もさほど砕けていない。今、ティーシャツとハーフパンツで後ろは髪を結んでソファに寝転びアイスキャンデーを咥えてタブレット端末を弄っているが、このような状態になっていることは稀だ。暑いからだ、とデイビットは散々言っている。

「こういうのはプライベートだろう? 他人に見せるものじゃない」

 デイビットは不満げに言うと、髪を解いて軽く整えた。テスカトリポカはスマホの写真の中のデイビットをじっと見る。こちらに向ける視線はキョトンとしていて無防備だ。ミクトランで過ごした頃の、あの険のある目付きとは別人のように違う。彼は今でも、他の人からは、不気味なほどに無表情で、感情の色を乗せずに喋る男だと見えているのだろうか。
 少なくとも、テスカトリポカはそう思わない。むしろワガママな男だと思うし、映画が好きな、甘いアイスクリームが大好きなだけの青年のようにしか見えない。今までも、とても力強い戦士で、派手なことを大真面目にやろうと思う変な男で、ワガママで意外と可愛げのある、自分のマスターだった男だった。
 好物のアイスクリームを口にしている写真を見つめて、これは、他に教えてやる写真ではないのかも知れない、とテスカトリポカは思った。

「テスカトリポカ?」
「分かった。なら、余所行き用に写真を撮るとしよう。デイビット、アイスキャンデーを持ってソファに座れ」
「うん?」

 デイビットは素直にソファに座った。テスカトリポカはその横に座り、スマートホンを上に構える。カシャリとまた軽やかな音が響き、二人の写真がスマートホンに記録された。

「こういうのでいいだろう」
「余所行きというほどの写真じゃない」
「プライベート感が出てていいだろうが」

 わしゃわしゃと頭を撫でると、デイビットは、またいつものように、というような顔をした。
 確かにそうだな、とテスカトリポカはもう一度思う。デイビットがプライベートを見せても構わないのは、デイビットが気を許しているのは、自分にだけなのだから。


暑さでぐでってるデイビットくんが見たいよ……と思って……。
いつも思ってるけどデイビットくんてテスカトリポカにだけは態度が違うと思うよね。藤丸の前ではキリッとした先輩面してるデイビットくん萌え。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です