Meow meow meow

「猫の日?」
「ああ、そうだ。ジャパンじゃ今日って日はそうらしい。ニャンニャンニャンの日ってな」
「Meow meow meow?」

 デイビットは首を傾げた。デイビットはジャパニーズではないし、目の前の全能神も多分ジャパニーズなどではない筈なのだが――しかし自分たちとも縁があるカルデアのマスターがジャパニーズであることは知っている。

「それで、カルデアの方じゃあ、猫の日の話で持ち切りというワケだ」
「そうか。だがその話はオレに関係するのか? まぁ、おまえは……」

 デイビットはソファの隣に座る青い瞳の神様の顔をじっと見て、「全能猫神Almighty CAT’S God?」と尋ねた。

「だからジャガーは猫ではないしオレはジャガーではない」
「だが、ジャガー形態を取れるというしんわも」
「噂レベルで話すものじゃない。オマエも、相変わらず不敬だな」

 テスカトリポカはムニッとデイビットの頬を引っ張った。いつも不敬だ、ワガママだ、と言う割に、この全能(猫?)神は、それほどデイビットのことを怒ってはいないように思う。
 彼を象徴する動物のひとつがジャガーであること、彼がジャガーの戦士オセロメーを率いること、そしてジャガーがネコ科の動物であることは、どれも事実である。
 そもそも、デイビットの方からすると、今日が猫の日というのがまるでピンと来ないので、その日とテスカトリポカを関連付けてなどいない。むしろ言い出したのはテスカトリポカの方だ。

「だから、オレにも関係ないし、おまえにも関係ないって」
「デイビット。そういう楽しそうなニンゲンの行事にはおまえも乗っておけという話だ」
「乗る……? WoW!」

 デイビットの目の前がふわりと白煙で見えなくなる。自分の身体が弄られたような、得体の知れない感覚がある。これが――目の前の男ぜんのうしんによって起こされたことが明白でなければ、或いは敵対的な行動であるとして、防御あるいは攻撃姿勢をデイビットは取るだろう。デイビットは、そういう行動にはかなり敏感だ。
 が、テスカトリポカのやることならば問題がないと思っている。結局デイビットは、一から十まで彼のことを信頼しているのだ。多分、初めて会った時からずっとそうだった。
 それはそれとして。

「ッ、何だ、これは……」
「無論言ったとおり、猫の日モードのオマエだ、デイビット」
「な……何だ……それは……」

 デイビットは脱力した。もしかすると、やっぱり彼は全能猫神なのかも知れないと思った。自分にどういうことを神がしたのか、身体がどういう具合に弄られたのか、その詳細は分からない、が。
 ――生えているのだ。
 ふさふさの尻尾が。
 猫のような耳が。
 その耳からは、通常の人間では聞こえないような針の穴に糸を通している時のような微かな物音さえも聞こえ、そして、尻尾がふるふると感情に合わせて揺れている
 異様だ。
 しかし鏡で確認しなければ、その一種異様さをデイビット自身が観測することはない。尻尾が生えている付け根に当たる部分のズボンがどうなっているのかは気になるが、日常生活に支障はないのでは? デイビットは、さほど感情の揺れ幅が大きくない為か、はたまたそういう性質というだけなのか、あまり自分の変化に狼狽えることはなかった。
 つまり、暗黒星に取り込まれて返される以上の変化は自分の身にはもう起こるまい――と。
 テスカトリポカが聞くと、そういう自虐をするな、と言うのだが。
 ぺしぺしと尻尾が床を叩いた。見るに、縞模様のふわふわの尻尾だ。色は銀色をベースとした所謂サバトラsilver tabbyのような尾だろうか。

「……テスカトリポカ、これは人間のイベント・・・・・・・という括りに入るのか? どちらかと言えば、こんな風に生やすと、猫のイベントのようにしか見えないが……」

 テスカトリポカが黙って動かないので、デイビットは首を傾げた。

「テスカトリポカ――?」

 彼はまたいつものように長い指先で、黒く彩られた爪を光らせて、デイビットの頭を撫でた。その指先が新たに生えた(?)耳に触れるので、擽ったい。なのに、それが妙に気持ち良くて、うっとりする。
 デイビットは優しい指先にほうっとため息を吐いた。

「こういうのは、」
「ん……、何、テスカ……?」
「ショウケースに入れて飾っておきたい、とかいうのか」

 閉じていた目をデイビットは薄っすらと開いた。頭を撫でている男が何を言っているのだか、何だかよく分からない。ショウケース?
 デイビットが何だかよく分からないままでいると、目の前にまた白煙がふわりと一瞬で巻き起こり、それが消え去ると、自分を撫でていた神もまた、似たような耳を生やしていたのだ。猫の耳、いや、ジャガーのような耳だろうか。梅花紋rosetteが入っているようにも見える。
 するすると長い尻尾をデイビットの方の尻尾に絡ませる。
 猫の尻尾は人間が可愛がる見た目よりもずっと彼らにとって重要な器官である。そこを強く引っ張れば内側の臓器等が損傷する可能性もあるし、撫でられると、脊椎を直に触れられるようで――。

「……ッ!」

 とても敏感だ。加えて、付け根は触られるのを好む猫もいるという。いや、何故猫に関して知識がちゃんとあるんだろうか、とデイビットは思った。特に猫が好きだったとか、飼っていたとかでもないのに。この耳と尻尾が、そういう知識を与えてくれているのだろうか。
 つるつると尻尾が絡むと、何だか妙な気分になるとデイビットは感じた。サーヴァントのテスカトリポカは形態を変えると尻尾が生えている……のかどうか実際は特に知らないが、多分生えているのだろう、あんな感じで尻尾があるという状態に彼はきっと慣れているのだ。尻尾の妙な感覚に襲われているのはデイビットの方だけらしい。
 その証拠に彼はいつもと感じが変わらない様子で顔を近付けてきて、いつもとは違うように額を触れ合わせた。一体どういうことなのだろうかとデイビットは目を丸くする。そのまま、あたかも猫が人間にしているように、ぺろりとテスカトリポカの舌がデイビットの唇を舐めた。

「――テスカ、」
「ああ、いいな、こういうのは」
「……ッ、テスカ……?」

 デイビットの唇を舐めて満足そうにしている神様(猫の?)の青い瞳は、正に獣のような獰猛な光を宿していた――。

 暗転

 何が何だか全くよく分からないまま、急に生えてきた敏感な耳や尻尾を執拗に攻めたてられたデイビットは、息も絶え絶えだった。
 全体どうしてテスカトリポカの様子がおかしくなったのかまるで分からないし、まだ彼はデイビットの耳を触っているのだ。まるでマタタビでも与えられた猫のようだ。

「猫の日というヤツはいい日だな」

 彼は自分で好き勝手にデイビットの身体を弄っただけであって、今日がジャパニーズ猫の日であるかどうかはそもそも関係がないのではないか。

「そうだろう、デイビット?」
「……もう何でもいい。好きにしてくれ」

 そう思ったが、もうどうでもいいかとデイビットは思った。身体ももう全部好きなようにされているのだし、疲労やら何やらで考える気力もない。
 少なくとも、この神の機嫌が悪いよりは、楽しそうにしているからそれで良いような気がするのだ。それに耳と尻尾が生えたおかげでジャガーを象徴とする神の感情にも少しは近付けたような――いやこんなことで近付けるものか――。
 デイビットが長く伸びた尻尾をネコ科の神の尻尾に絡めてやると、テスカトリポカは機嫌良さそうに笑って、デイビットのふさふさの耳を甘噛みした。


一週間近く前の話で恐縮ですがねこみみとしっぽの話が私は大好きなので書かないと勿体ないですよね。
猫耳にテンション上がった神というだけの話です。

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