※Caution※
奏章Ⅱを終えた前提の話をしているのでネタバレ注意。
マスターの性別は女の子です。
――心が疲労して精神が死んだような感覚になったと思って気が付いたらミクトランパにいた。
「――と、藤丸は言っているが。どうなっているんだ、ココの死亡判定は?」
「実際、明確な死の揺り戻しは難しいからな。ミクトランでもそうだっただろう? 疑似的な死の概念。あの時お嬢の肉体は完全には滅んでいなかった。今日も同じだ。それより、何だってオマエはソイツをまた膝枕してるんだ、デイビット」
「疲れて眠ってしまったのだから仕方ないだろう。いつだって彼女の旅は過酷なものなんだ。まぁ、オレが言うのも悪いが」
デイビットは肩を竦めた。テスカトリポカは焚火の前でゆらりと煙を吐き出して、そういう気遣いは重荷だろうが、と言った。デイビットもその言葉に頷く。少なくとも、彼女の前に立ちはだかったモノが、彼らに撃退されたモノが、彼女の労苦について語るべきではないし、立ちはだかったことについて悪気を感じるべきではないのだ。自分の信念に基づいた判断ならば尚のこと。そのような清濁併せ吞むのが、新しきカルデアのマスターのやり方なのだから、とデイビットは思う。
まだ二十にも満たない、少女と呼んでも良いような彼女は、目を閉じて、安らかに寝ている。テスカトリポカはそれを見て、いや膝枕はいらなくないか? と、もう一度言った。
「しつこいな。疲れている時はこうするのがいいんだろう?」
「それは……恋人同士でするものだろうが」
「それだけとは限らない。正直に言えば、硬い脚を枕にすることの意味はオレには分からないが……」
それはデイビットには分からないが、かつて、彼女と同じようなマスターであった自分には分かることがある。
「自分の、サーヴァントが消えてしまうということは、辛いことだから」
人理の影法師。彼らは生者ではない。かつて世界を護ったモノ。かつて世界を滅ぼそうとしたモノ。かつて――復讐を為そうとした、モノ。何にしても、全て過去の残影だ。魔術師はそれを拾い上げているだけに過ぎない。テスカトリポカは神霊なので、過去の存在ではないが、人間が触れられない場所に在るモノという意味は変わらない。全ては現在生きる人々にとっては通り過ぎていくだけのモノだ。
それでも伸ばした手を握ってくれた彼らのことを、マスターは信じている。共に戦っているのだと思う。自分たちの関係に名前を付けて、大切に保存している。いずれ別れることを知っていても、それでも、傍らからいなくならないで欲しいと願うのだ。
「デイビット。そういうデレは予告してから言えよ」
「そういう話はしていない。いや、そういう話はそうだが、オレの話じゃなく、これは彼女の話だ。間違うな」
テスカトリポカはいつものようにデイビットの頭を撫でた。ミクトランでもそうしていた。あの時目の前で消えてしまった自分のサーヴァントが、そうしてくれていたのだ。
デイビットはぽつんとため息を吐いた。だから確かに、分かるのだ。生者同士の永遠の別れではなくとも、もう二度と会えないと言われることの、辛さを。
幼い頃に、遠くへ行くからと別れた友人のように。きっと、もう自分たちは会えないのだ、と思う。
テスカトリポカの煙がまた空を舞い上がった。
「まぁ、アレだ。また人理に阻まれたんだろう? オマエとの時もそうだった。つまり、ソイツに喧嘩を売りに行くというのなら、オマエも連れていってやろう。一緒に殴ってやれ、デイビット」
「物騒だな。カルデアは人理の保障機関なんだから、彼女がそういうことを望むとは到底思えない。おまえやオレとは違う」
だから、阻まれた人たちは笑顔で見送ったのに、と思う。多分自分も同じだ。笑顔――ではないが、行く先に光があるように、永遠に、星の光が導になるように、と言祝いで別れた。
それでも前を向いて歩く人に。
「今日くらいはここでゆっくりさせてやろう。きっと目が覚めたら、また明るく前に進めるよ、彼らは」
マスターちゃん本当にお疲れ様……。