summer sparkle

日本の夏

 シャクシャクと氷を削る音に似た軽快な音が響く。風が吹くとチリンチリンと転がるように鳴るのは風鈴wind bellと呼ばれる鈴の音だ。ちゃぷんと足元の水が波立つ。

「どうだ、涼しいだろう?」
「そうだな。冷感があるよ。スイカwatermelonも美味しいし、yukataも涼しくていい」

 団扇paper fanと呼ばれる柄のついた丸い紙を仰ぎながら、テスカトリポカは笑った。
 デイビットはまた、ミクトランパという場所に本来的に夏という気候は存在しないのだが、と考える。いつも思うことではあるが、こうして、何だか夏らしい暑さというものをデイビットが感じているは、テスカトリポカの采配でそうされているというだけのことだ。デイビットと同じように、黒色の浴衣を着る隣の男を見ながらデイビットは夏らしさについて考えていた。
 二人の間には三角形に切られたスイカが幾つか皿の上に置かれていて、これもどうやら涼しげなアイテムであるらしい。冷水を張った丸いtabに足を浸けているので、そこからも涼しさが漂っている。
 座っているのは縁側と呼ぶporchのような廊下の一部だ。これらはテスカトリポカのアイデアで、今、二人は日本式の夏の雰囲気を過ごしているのである。

「夜には別のお楽しみも用意しているからな」
「そうなのか。他国の文化に触れるのは興味深いな」

 以前に夏を体感する的な意味合いでクーラーの壊れた部屋で過ごしたこともあるのだが(暑くてしんどいだけだったとデイビットは思う)、どうせ夏なら、様々な楽しみを味わうのが良いだろうというのがテスカトリポカの考えであるらしい。
 この楽園で過ごしてもうどれくらいが経ったのだろうか。デイビットは今、もう休息は足りているから必要ない、とテスカトリポカに言うつもりもないが、テスカトリポカとしては、デイビットがミクトランパにいる限り、永遠に休憩する戦士であるのかも知れない。

 足を少し動かすと波が立つ。そのさざ波を見つめていると、「どうした、惚けて」とテスカトリポカは顔を覗き込んだ。

「いや。おまえが言っていたことについて、考えていただけだ」
「何の?」
「朝、言っていただろう? カルデアは今、ドバイに向かっていると」
「ああ、言ったな。あっちにはハチドリを代表として向かわせた。何やらありそうではあるが、オレが向かうべきではないと考えたとオマエにも言った」
「オレも、そうする方がいいと言った」

「ドバイのリゾート?」
「ああ。どうもきな臭いようだがね。トリ公やら、ククルカンに行かせるよりは、ハチドリ――テノチティトランの方がいいだろうと判断した。ま、ハチドリも、水着なんざ新調して浮かれていたからね。いい気分転換にもなるだろうよ」
「そうか。――いい判断だと思う。オレの所感だが」
「ほう?」
「おまえが向かう必要はないと思う。トラロック神……いや、テノチティトランか、彼女に任せていいんじゃないか?」
「なるほど。オレはここにいた方がいいと。ソイツは、オレと夏を過ごしたいからってことかね」

 デイビットはきょとんと眼を丸くして、首を傾げた。

「何故そういう理解になるのか分からないが……」
「何でって、そりゃ、楽しい夏を恋人と過ごしたいと考えるのは当然だろう?」
「おまえは、カルデアに登録されてこそいるが、ずっとここにもいるだろう?」
「そりゃそのとおりだが、せっかくのバカンスで、あちらに意識を持っていかれてもつまらないだろう?」

 デイビットは、朝の会話の脳内での再生を終了した。何はともあれ、それから、今日は日本式の夏を体験させてやるとテスカトリポカは言い(何故ジャパンかと言えばそれはカルデアのマスターの出身地としてサーヴァントの間で何かとその風習なり文化なりが話題になりやすいためである)、デイビットは突然yukataという服装に変えられたのである。着慣れない服なので、胸元がはだけないように注意が必要な服であった。
 そうして日中を過ごし、今に至るという訳で。

「――おまえがカルデアで過ごすことがあるということに関して、オレは別に何も考えたことはない。別に、いなくなる訳でもないし」

 ちゃぷんとまた足先が小さな波を起こす。その波紋にデイビットは視線を傾ける。聞こえてくるのは風鈴の音ばかりでなく、周囲からは、カナカナと鳴く蝉の声が響いていた。
 テスカトリポカはミクトランパの管理者であり、グランドのサーヴァントとしてカルデア及び人理に助力をしていても、その存在がこちらから完全に消えていることはない。それはどうやら一種の分霊化に似た作業であるらしいのだとデイビットは理解しており、あちらに集中すべき時には、何となく彼も出かけたかのような感じにもなることはあるが、実際にその存在がここからなくなっていることはなく、それに、長時間ここを空けていることはない。

「デイビット。そういうことはわざわざ……」
「でも、そういう感情もあるのかも知れないと思った」

 ため息を吐きかけたらしいテスカトリポカは、驚いたようにデイビットの方へと視線を向ける。何となくデイビットは笑った。

「だからと言って、オレの発言にそれに対する迎合的なものがあったとも思わないが。オレが言ったように、所感はただの所感だ。感情は含まれない。かなりきな臭いとおまえが言うのも分かるし――wow!」

 急に腕を引っ張られたと思うと、顔が近付いて、テスカトリポカの唇が触れる。そのまま、舌が入り込む。急だったので、「Stop!」とデイビットは止めた。恋人同士であるのだから、こういうことをされて困ることもないが、とにかくテスカトリポカというのは唐突な神なのだ。

「テスカ、裾が水で濡れる」
「いいだろうが、そんなことはどうでも。可愛い恋人が、ようやく情緒的な可愛いことを口にできるようになったんだから……」
「……そんなに珍しいか?」
「こういうことは何度あってもいいんだよ」

 テスカトリポカの長い指が頬を撫でた。実際こういうことが感情の発露であると言うべきなのかどうか、自分を無感情らしいと考えていたデイビットには、まだ判断が難しいことでもあるが、このようなやりとり自体は珍しくはない。テスカトリポカはその度、嬉しそうに瞳を細めていた。

「オマエも、この間やっていた恋愛シミュレーションで、恋愛感情というモノを理解していただろうが。また無駄にRTAして」
「言っただろう? あれは、そういうふうに作られているゲームだから、必ず最適解が存在している。相手の性格を把握すれば、好意を得られる選択を選択肢から推測するのが難しくはないものだと。答えがあるんだから」
「オマエでない人間が好かれるのは、不思議がないと」
「……オレのようなモノが好きなのはおまえくらいだと言ってるんだ」

 デイビットの身体が重量を支えきれなくなり、風で冷えた縁側に倒れ込む。スルスルと長い指が浴衣の内側に入り込んだ。

「テスカ……ッ」
「宇宙のどこを探してもオマエの恋人はオレくらいだな。そうだな?」

 何度も言っているのに、とデイビットは思う。神というものは独占欲が非常に強いらしいということを、デイビットも理解しているが、少なくとも自分に対して、そういう心配は無用だ。
 指先は無遠慮に肌を探ろうとする。デイビットは身を捩った。

「テスカ……、夜に、何かするって……」
「そうだな。それまでは、何かするつもりもなかったが、すぐそこは畳の部屋だし、こういうのは、お誂え向きのシチュエーションだろう? さっきから、浴衣というものは色気が増して良いと思っていたんだ。こういうプレイもいいものだろう」
「プレイって、いつもと服装が少し違うだけだろう」
「コスチュームプレイはもっと特殊な状況を用意して行うロールであるべきだって? それなら好きなシチュを用意してやろう。ポリスか? ナースか?」
「浴衣でいい」

 デイビットは首を横に振った。
 いつもさらりと長く伸ばされている金色の髪が、服装に合わせたらしく、頭の上方で纏められている。いつもと違う雰囲気も良いと感じるのは、デイビットも同じだ。決して自分が彼の顔に惹かれたとは思わないが、整った精悍な顔付きや切れ長の瞳を好んでいる。

「似合ってる」

 頬に唇で触れて言うと、テスカトリポカの気分は向上したらしかった。それくらいの感情の動きであれば、今のデイビットには、恋人の反応が読める。
 テスカトリポカは今すぐにでも可愛い(と彼が信じる)恋人との情事に耽溺したいと考えたのだろう。水に濡れた足先を気にすることもなく縁側に立ち上がると、テスカトリポカはデイビットの身体を抱き上げて、すぐ近くの畳の部屋に下ろした。マットレスとは違うしなやかな感触がデイビットの身体を受け止めてくれる。聞いたところによると、これも日本の寝具らしい。その上に寝かされたまま、デイビットはまた温かい口付けを受ける。勿論、恋人同士であるのだから、こういったことに抵抗はない。まだ日は高いが、正直、そのような状況で抱かれることにももう慣れていた。

「別にいいけど……でも、自分で言ったんだから、夜のこと、忘れるなよ」
「ああ。お楽しみsurpriseだな。まずは、こっちのお楽しみを堪能してからな」

 徐々に深くなっていく口付けを受け入れながら、デイビットは、サプライズとは何だろう、と頭の片隅で考えたが――すぐに思考が目の前の恋人の行為に思考が占拠されていくのだった。

***

 パチパチと手元の棒の先から火花が輝くのを見て、デイビットは嘆息した。

It’s so beautiful.綺麗だな

 夏の夜に、手で持つような花火を楽しむという習慣があることはデイビットも知らなかった。そのような玩具花火を体験したこともない。
 夜が更けてしまう前に情熱的な恋人から解放してもらえたデイビットは、彼の用意したサプライズ――手持ち花火handheld fireworksのセットに火をつけて、きらきらと輝く光を楽しんでいた。花火と言えば、ニューイヤーか何かの記念日に見るだけだと思っていたが、日本では打ち上げ花火を眺める大規模なイベント、花火大会fireworks eventが、夏に多く開催されているらしい。

「花火大会もやってみるか?」
「それも興味深いが、今年は、この手持ち花火でいいんじゃないか? オレは満足しているよ」
「なら、来年だな」

 デイビットは笑って頷いた。
 どこかじっとりとした湿度の高い暑さも、夜には涼やかな風が吹き飛ばしてくれる。風に靡く煙も風流なものだろう。テスカトリポカが手に持っている花火をぐるぐると振り回したのを見て、危ないな、とデイビットは肩を軽く竦めた。

「こういう遊びも、よく見られる光景なんだとよ」
「本当に? でもいいな、この花火は。青と緑と赤に色が変わるんだ」
「気に入ったのなら良かった。ま、暑さばかりが夏ではないからね」

 テスカトリポカは、火をまき散らしながらくるくると動き回るねずみ花火Catherine wheelに火をつけてみたり、小規模な打ち上げ花火shooting-up of fireworksを打ち上げてみたりと、セットの中にある花火に片っ端から火を付けていく。デイビットは手持ち花火を幾つか見ていたが、そのうち、細長い紙切れのような花火を見つけて首を傾げた。

What is thisコレは?」
「ソイツは線香花火だな」
線香花火sparkler……」
「じりじりと先端の火花が燃えるのを見る大人しい花火らしい。デイビット、こういうのは、どちらが先に落とすか競うらしいぞ」
「落とす? 競う?」
「端を持て。揃って火を付けてやろう」

 よく分からぬままデイビットは、ひらひらとした紙の端っこを手にした。同様にテスカトリポカも紙切れの端を持って、フッと息を吹きかけたようだと思うと、両方の先端に火が灯る。
 すぐに火は丸い光の球を作り出した。そこから細い枝のような光がパチパチと輝く。先ほど見ていた手持ち花火の華々しい光とは違う。強く息を吹きかけたら消えてしまいそうな灯火だ。デイビットは思わず息を潜めた。

「この丸い球が落ちるんだよ」
「落ちる?」
「見ていれば分かる」

 先端の丸い光から断続的に伸びる光の枝は、やがて納まった。パチパチと響いた小さな音も止み、しじまに包まれる。ぽとりとデイビットの持っていた花火の先端が落ちた・・・

「落ちたな? オレの勝ちだ」
「本当に、落ちるのか……」

 程なくしてテスカトリポカの手にしていた花火の先端からも、球が落ちた。こういうのを日本では風流と言うのだろう、とデイビットは思う。儚げな光。先ほどの薄のような精彩な光を放つ花火も同じだ。バッと火花を散らして、瞬間に消える。ぽとりと落ちた光球と同じ。

「デイビット?」
「うん、綺麗でよかったと思って」
「派手さは足りないと思うがね」
「おまえらしいな。それで、今のはおまえが勝ったということらしいが、オレはどうすればいいんだ?」
「ソイツは考えていなかった。そうだな、デイビット、花火もやりつくしたし、今度こそ最後までオレに付き合ってもらうってのはどうだ」
「……さっきの続き、か?」
You know what I mean.わかってるじゃないか

 テスカトリポカは口角を上げる。熱い夏の夜はまだ続くらしいなとデイビットは小さく笑った。


浴衣とか着てまったり花火を楽しむテスデイいいな~~という気持ちです。
もう少し長めの話にしても良かったかなぁとか考えたりもしつつ、今年の夏イベの更新を楽しみに!

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