With the blue

 デイビットの朝は基本的に早い。記憶の消去、リセットが一日の切り替わりに起こる都合で、その頃には意識を落とすようにしており、就寝時間が遅くはない分、朝は早く起きて活動するようにしていた。
 これは記憶の保持がその日の24時までは続けられるという観点から見ても理にかなっており、もしもデイビットがかのナポレオンやエジソンのようにショートスリーパーであったならば、朝の3時くらいには起きて一日の活動を始めていただろう。残念ながらデイビットの身体は普通程度には睡眠を要するので、早く起きると言っても、6時がいつもの起床時間だ。
 デイビットの記憶としては、そういった朝の起床時の様子を殆ど記憶してはおらず、つまりその習慣を憶えてはいないのだが(そういう習慣を自分が作っているということは認識している)、デイビットの一日5分の積み重ねのみの記憶とは異なり十年超をそうして、、、、稼働しているボディの方は、それをちゃんと記憶している。つまりその時間に身体が起きるのである。
 だがそれは全て、ミクトランパに来る前に必要としていた習慣だった。

 デイビットがミクトランで自分の召喚した神の手引きにより、死後にミクトランパにやってきて、自宅や広々としたベッドなんかを丁寧に誂えてもらい、彼と共に暮らし、更には彼と恋人同士になった今、その習慣はますますもって必要性と妥当性を欠くようになっていた。
 具体的に言えば、夜テスカトリポカに抱かれると早起きが出来ないことが多い。身体の疲労もあるが、単純に中々寝かせてもらえないようなことも多々あるし、「早起きする必要なんてないだろう、デイビット」と、耳元で囁かれるのだ。休息の為にミクトランパにいる身としては、実際にそうなので、デイビットには返す言葉もない。神の興が乗った所為で本当に一晩寝かせてもらえず、翌日は一日中くらいベッドから出なかったこともある。
 とにかく今のデイビットは、基本的には早くに起きて活動しているが、そうでもない日も結構多い、といったところだった。

 その日もデイビットは、いつもよりゆったりとした時間まで寝ており、その為か、普段殆ど聞くことのない玄関のチャイムの音で目を覚ました。

「ん……テスカ……?」

 まだ閉じたままでいたいと主張する瞼を開いてデイビットが横を見ると、昨晩隣にいたテスカトリポカは既にいなくなっていた。眠る前、明日は用事があるからと彼はデイビットに言っていたような気がする。
 ミクトランパに来る前のデイビットの思考は常に明瞭なものだった。例えば、酔い潰れるようなことがあるとその日の記憶管理に支障が出るかも知れないのでアルコールは避けていたし(そもそも酔わなかっただろうが)、朝目が覚めるともう脳はスッキリと晴れていた。もう少し眠りたいと思うようなこともなかった。
 ここに来て、ありふれた人のような生活を送っていると、これまでとは勝手の違う部分が多く出てくる。デイビットは時折それを認識したこともあったし、概ねここで神様に甘やかされているので、あまり気にする必要もないと思っていた。

 デイビットはまだ眠いと思いつつ、ミクトランパのこの家に誰かが訪れる筈もないから、多分チャイムを鳴らしたのは自分の恋人の神様だと考えた。どうしてチャイムを鳴らしたのかはわからないが、彼は人間らしい雰囲気というものを楽しむことが時折ある。チャイムを鳴らして、ドアを開けて、帰りを出迎えて欲しいんだろうかとデイビットは考えて、そのままのラフな格好でふらふらと玄関のある階下に向かった。

「テスカ、朝からどこに行ってたん……」
「ウワッ、どうなってんだ、オマエ」

 デイビットがガチャリとドアを開けると、小柄な少年のような姿の金髪の人が立っていた。デイビットは首を傾げて、「Ah…the blue one.ああ、青の方の」と言った。

ああ、オマエの黒じゃない方なYes. I am not your black.
Long time no see.久しぶりだな 何かテスカトリポカ――黒い方に用事が?」
「用事って程のことでもねぇけどな。しかし黒は好きにやってんな……」

 じろりと、青いテスカトリポカ、ミクトランでは恐竜王と呼ばれていた少年然とした男がデイビットを見たので、来客と思わずにシャツ1枚でふらりと出たのは良くなかったなとデイビットは思った。
 着替えに戻るべきかと一瞬考えると、ふわりと黒煙が横で靡く。金色の長い髪が揺れて、音もなく、影もなく、テスカトリポカ――黒い方の――が現れた。

「テスカ」
「よう、青い方。ウチに何の用事だ」
「何でもいいが、ソイツをどうにかしてからでいい」
「そりゃそうだな。デイビット」

 テスカトリポカがデイビットの肩を抱くと、デイビットの服がいつもの礼装(コートを除く)に変わった。デイビットは上から下までを見て頷く。こういった服装の変更は、テスカトリポカからするとお手の物らしく、デイビットも慣れていた。

「すまない。オマエが帰ってきたんだと思って、そのまま出てしまったんだ」
「別に怒っちゃいないが、ココに来る客なんざ、オレにしか用事がない。オマエはチャイムが鳴っても出なくていいということだ」
「そうか、分かったよ。出迎えが欲しいのかと思ったから」
「『ハァイハニー、会いたかったよ』『ハァイダーリン、私もよ』って? なるほど、ソイツは確かにイイな」

 テスカトリポカの指がデイビットの頬をするりと撫でて笑った。

「オイ。だから、何でもいいが、ココでおっぱじめるなよ」
「用事は何だ、青。別に大したことじゃなかろう。ミクトランパは安定している。いつもと変わらずな。様子見にでも来たか?」
「――一応忠告しておくがな」

 青い方のテスカトリポカは呆れたように手を額に付けてそう前置きしたので、やはり人と神とが愛し合って暮らすなんてことは許容しがたいと言われることでもあるのだろうか、と多少デイビットは考えた。
 青も、他のも、他のテスカトリポカが何をしてもわざわざ干渉しないだろう、とテスカトリポカは言っていたが。

「好きにして構わないが、節度は守っとけよ。こういうことをテスカトリポカ全体の問題にされても困るんだよ、コッチは」

 節度、と言うのは、シャツ1枚でフラフラ出た為か。テスカトリポカ全体とは面白い言い回しだな。とか、デイビットは考える。

「ただでさえ黒いのは気に入り、、、、を囲ってるって話題には上るんだ。別にやめろとは言わねぇけど」
「なるほどな。忠告痛み入る。それじゃ朝メシでも食ってくか?」
「ハァ?」
「せっかく辺境まで忠告に来てくれたんだ、歓待してやるさ。デイビット、まだピーナッツバターは残っていたな? 客人にピーナッツバターのトーストを振る舞ってやれ」
「トーストだけでいいのか? 他にも」
「他はいい。オマエの手料理はやらなくていい」
「歓待する気ねぇだろ。つか朝メシも何もいらねぇがな」
「そう言うなよ、青。オマエもテスカトリポカなんだからな、デイビットに対しては好意が存在する。そうだろう?」

 デイビットは、そんな変なことがあるのかと首を傾げる。青のテスカトリポカは、ため息を吐いていた。

「なくもないけどな」
「そうなのか?」
「黒のような執着じゃねぇぞ、言っておくがな」

 厄介なモンだと青のテスカトリポカは呟いた。その、黒と青と赤と白とのテスカトリポカは全員がテスカトリポカであるということや、個として分かれていることもあるのに似た認識を持つこともあるし、やはり意識それ自体は分断されているのだという話は、流石に分裂していないデイビットにはよく分からない。

「青の」
「青の、青の、言うなよ、オマエも。オマエにとっちゃテスカトリポカは黒一色なんだろうが」
「ん? 悪かった。特にそういう意識はないが、定まった呼称がないから、ついな」
「何でもいいだろう。オレも青いのとか適当に呼んでるんだからな」
「そうだろうな、黒いの」
The dinos’ king恐竜王?」
「あのな、あれはアッチでのことだけだろうが」
「デイビット、最早王でもない者を王と呼ぶのはやめてやれ。虚しいだけだ」
「うるせぇ」
「そうか。青い方の、というよりはいいかと思ったんだが」

 Umm…とデイビットは人差し指を顎に当てて考えた。the blue one青い方ののような言い方ではない呼称、名前ではないblueという単語を愛称にするにはどうすべきだろうか。

(――そうだ)

アオちゃんBlue-chanというのはどうだ?」
「ア″ァ″?」
「ブッ、ハハハハハハッ!」

 呼ばれた『アオちゃん』の笑い声が部屋に響いた。

「うん、前に藤丸に聞いたんだ。『ちゃん』と付けるのは日本人特有の愛称らしい。これなら親しみもあるし、いいんじゃないか?」
「ハハッ、ウケる。どうなってんだ、コイツは? オレに「ちゃん」だって?」
「――オイ、青のテスカトリポカ」
「オイオイ、テメーのお気に入り、、、、、の感情があやふやな所為で起こる謎の天真爛漫な発想の責任はオレにねぇだろうが。サングラスのままガンつけんじゃねぇよ」

 呼称が決まり、デイビットが満足してキッチンに向かおうとすると、アオちゃんはやめろ、と低い声で言われた。黒い方に。肩を長い指でガシッと掴まれて。

「デイビット。ヤツのことは青のテスカトリポカと呼べ」
「だが、それだと長いから」
「神に敬意がない。いいなデイビット、ヤツは青のテスカトリポカだ」
「…I see.わかった


アオちゃんと言えばケロケロちゃいむ。
他ポカもなんとなく薄っすらとデイビットくんのことは好きだよねみたいな共有があったりしないかな~みたいな話でした。

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